【夏酒・夏マグロ・畳の肌ざわり】職人さんに教えてもらう、日本の夏の味わいかた。

構成:大森ちはる

全国津々浦々、どこのスーパーのお酒売り場にも日本酒は陳列されている。どこのお鮨屋さんのメニューにもマグロは掲げられている。どこの家にも畳は……という時代は終わってしまったようだけれど、「いまだかつて畳の上に座ったことがない」という人はほとんどいないはず。

当たり前のように私たちのくらしに存在している、定番モノ。その「当たり前」をものすごく高い解像度で見つめ、「定番」として過去・現在・未来をつなぐ職人さんたちがいる。

今年も梅雨が明けた。夏到来。大阪の黒門市場にあるマグロ専門店・魚丸商店が、「夏マグロ」を新定番に打ち出したらしい。1年中食べられるマグロに、なぜ今あらためて「夏」の冠を?

餅は餅屋。職人さんの解像度(まなざし)は、職人さんに。DEMOくらしでお世話になっている日本酒と畳の職人さんにもお集まりいただき、お三方にそれぞれの夏の味わいかたを伺った……ところ、話は「人智」や「祀り」といったワードまで飛び出すところにぐんぐん潜っていった。

1ページ目: 日本には四季がある。定番にも「夏」がある。
2ページ目: 職人のまなざしが行きつく「敬意」と、「堪能」のツボ。


テーマ1.存在そのものの魅力
大森:日本酒もマグロも畳も、現代日本において「昔からあるもの」「一年中あるもの」ですよね。どういう要素がその「馴染み」を築いてきたと思われますか。ご自身の紹介とあわせて教えてください。

そこはかとなく漂う、安心感と信頼感。【日本酒】

白鶴酒造の杜氏・伴光博です。「まる」などをつくっている本店三号工場の工場長を経て、現在は、製造部門全体の品質管理を統括しています。

国内でこんな統計結果がありまして。女性に「どういうお酒が好きですか?」とアンケートすると、やはりカクテルやワインが多く挙がるんです。一方、「どういうお酒を飲んでいる男性が好きですか?」となると、日本酒が上位に食い込んでくる。

大森:そのオトメゴコロ、わかるかも。

自分は飲まないけども、日本酒に安心感や信頼感を抱いてくださってるんでしょうね。それこそ江戸時代にはビールなどなく、春夏秋冬、人々のくらしの傍らにいつも日本酒があった。そんな歴史に育まれたのだと思います。

ほかの魚にはない、赤とピンクのグラデーション。【マグロ】

丸山和久です。祖父の代から、大阪の黒門市場でマグロ専門店・魚丸商店を営んでいます。

大森:マグロの専門店って、初めて聞きました。

マグロって、お鮨とかお造りとか、盆と正月に豪勢に食べようみたいなハレ感がありますでしょ。魚体が大きいので、魚屋さんも日常的にはさばかない。そんなわけで、じつは専門店がけっこうあるんですよ。マグロは部位によって味わいも値段も変わりますし、奥が深い魚です。

大森:マグロのお刺身って、昔から人気があったんですか?

江戸時代はトロは捨てて、赤身を醤油漬けにして日持ちさせて食べていたそうです。味覚にも時代ごとのトレンドがあって、トロが珍重されだしたのは昭和に入ってから。最近はヘルシー志向でまた赤身に人気が出てきました。
マグロは目で味わうとも言うんですね。赤やピンクといった白身魚にはない独特の色合い、これが人々を惹きつけるのではないでしょうか。
年間を通して今のように流通できるようになったのは、養殖マグロの存在が大きいですね。

団らんをつくる、舞台装置。【畳】

前田敏康です。畳を製造・販売する前田畳製作所の3代目で、現在は神戸と西宮に店をかまえています。
畳も日本酒と同じく伝統産業で、かつて日本の家で「床」といえば、土間・板間・畳だったんですね。

大森:その並び、なんだかすごく「昔々あるところに……」な感じです。

最近は、マンションのショールームなどへ行くと、リビングはほぼ100%フローリングにソファーで、和室のない間取りも少なくありません。家具や生活様式が洋風化した流れで、「畳=古くさい」のイメージがやっぱりあるのかな。それでも、お家に畳がないお子さんも、家族旅行などで旅館の和室に通されると、落ち着かないどころか、自然とワーッと走り回るらしいんですよ。そういう、畳が団らんのシーンになったエピソードを聞くと、嬉しくなります。

大森:先ほどの日本酒の統計結果を彷彿とさせますね。

自分ではなかなか住まなくても、安心感や信頼感……まさにそうかもしれません。

テーマ2.夏

あちら側の冬を、真夏の日本で味わう。【マグロ】

大森:この夏、魚丸商店では「夏マグロ」を新定番に据えられたと伺いました。年間を通していつでもマグロを食べられるこのご時世に、なぜあらためて「夏」の冠を?

この時期、日本近海にいる天然マグロって、産卵のあとで脂が抜けているものが大半です。どうしても旬(冬)と比べたときに、僕はその淡白さがおいしいと思えなくて。
魚丸が打ち出す「夏マグロ」は、この時期に南半球で獲れる天然のミナミマグロ(インドマグロ)。日本が夏なら、あちらはちょうど冬。冬のマグロは、脂がしっかりのっていて甘みがあります。真夏の日本でもおいしい天然マグロをご家庭で食べられることをぜひ知ってほしい、味わってほしいと始めました。

大森:南半球! ずいぶん遠くからやって来るんですね。

空輸の流通経路がしっかり整ったから「夏マグロ」を定番化できた、というのは大きいです。
でも、夏マグロだからって全部が全部おいしいわけではなくて。マグロにもブランドというか、「やっぱり○○産だよね」みたいな産地志向の方がいらっしゃいますが、実はマグロって同じ産地でも個体レベルで味が違うんですよ。だから、やっぱり目利きがモノをいう世界。

大森:魚丸さんイチオシの夏マグロ、どうしたら食べられますか?

店頭はもちろん、魚丸のホームページでも販売しています。
時期柄、生モノは鮮度の面で敬遠されがちですが、夏マグロは肉質がいいので、ご家庭の冷蔵庫のチルドルームでも、1週間くらいは味が落ちないんです。チルドで熟成させながら毎日ちょっとずつ晩酌されるお客さんもいてらして。天然マグロって、口当たりがよくて食べやすい。今日みたいに分厚めの刺身にして日本酒と合わせるのは、ぴったりだと思います。

今しかない荒々しさと若々しさを、味わう。【日本酒】

大森:夏マグロに合わせて伴さんが持ってきてくださった大吟醸、ラベルに「夏限定」って書いてありますね。

日本酒というのは、冬につくって春から秋にかけて寝かせて、秋から飲むというのが古典的な飲み方なんです。夏のお酒は、人間でいうと、若くてピチピチの10〜20代。熟成するにつれて丸みを帯びてくる風味が、まだ若く鮮やかに残っていて、どこか荒々しいところもあって。とくにこの大吟醸は「生酒」といって、ふつう2回行う殺菌工程を経ていません。殺菌によって味がまろやかになるんですが、あえてその若々しさや爽やかさを前面に出した夏向けのお酒なんです。

大森:夏用のお酒って、昔からあったんですか?

「夏酒」という呼び名は最近出てきたものですが、夏用のお酒ということでは、わりと昔からありました。昭和の初期の頃に、冷蔵設備をつくって「冷凍ハクツル」というお酒を販売していたと聞いています。夏用につくりこんだお酒というよりは、普通のお酒を冷凍酒としていたようです。冷蔵庫に入れておけば熟成がすすまないので、そういう意味では若い酒ですね。

家の中でふたつとない肌触りを、味わう。【畳】

大森:日本酒やマグロが「おいしい」を味わう嗜好品としたら、一方で畳はとことん実用品だと思うんです。日本のこのうだるように暑い夏に、畳はどのように機能してきたんですか?

一言でいうと、調湿性ですね。畳表(畳の表面を覆っているござ)は、「い草」という植物の茎が原料になっています。い草の中にはスポンジのような線がたくさん入っていて、その繊維が湿気を吸ったり吐いたりするんですよ。だから、ちょっと言葉が悪いですが、真夏にパンツ一丁で畳にごろんとなったりすると、めちゃくちゃ気持ちいいわけです。

大森:たしかに、フローリングのあのペタペタ感……大の字になろうという気は起こりませんね。

そういう、肌に触れてサラサラするものって、今の住宅の中ではなかなか見当たらない。もちろん、フローリングやカーペットが悪いとかではないですが、湿度を調節してくれる敷物ではありませんから。

大森:い草の、い草による調湿作用のすばらしさ!

畳は、夏は夏でサラッと爽やかに、冬は冬であったかい。
昔から、寝ゴザといって、布団の上に敷く夏向けの寝具があって。ゴザが汗を吸ってくれるので、エアコンいらずとまでは言いませんが、蒸れずにほんとうに涼しく眠れるんですよ。
最近は、畳表が化学繊維などでつくられた畳もでていますが、やっぱり、天然い草が発揮する力は唯一無二だと思います。

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職人のまなざしが行き着く「敬意」と、「堪能」のツボ。

執筆者プロフィール

大森ちはる(神戸市在住・1982年生まれ)
大森ちはる(神戸市在住・1982年生まれ)
夫とひよこ(娘・4歳)と3人暮らし。2017年春、新卒以来10数年勤めたシステムエンジニアの仕事を離れました。機嫌よく気前よく、生きたい・書きたい・働きたい!