【たたみなヤツら 。vol.005】肥後守を使いつづける。

文:やすかわのりこ

『肥後守(ひごのかみ)』と検索すると、折り畳み式の和式ナイフの画像が簡単に現れる。関連キーワードを見ると、由来・銃刀法・研ぎ方やカスタムなどあらゆる角度の情報も手に入れることができる。とても便利な時代。だけど、情報の正確さや真意を測る方法を今の私は持っていない。

これは、道具です

このご時世だから肥後守を取り巻く現状は、と言っておきながら「このご時世」とはなんだ?私の惰性がそれっぽく片付けようとする。例えば「小刀→カッターナイフ→鉛筆削り」という進化。ある事件をきっかけに過去に始まったナイフの不買運動や銃刀法改正は刃物の特性である「切れる→危ない→遠ざける」という安全のための措置。だからここでは、肥後守を『道具』として話をしようと思う。

現在、肥後守を造ることができるのは、私の住む播州の金物の町と呼ばれる三木市に『永尾かね駒製作所』ただ一軒だけ。


永尾さんー「
使ってもらいたい、道具ですからね。今は大人でも使えない方がいらっしゃいます。百貨店の特設会場に出店していると、「危ないっ!」と、お子さんの手を引っ張るのを見ると落ち込みます。道具は、初めのきっかけと、使い込むことが大事。触ってみないと扱い方もわからない。三木は大工道具を作る鍛冶屋が多いですけど、そのうち道具を使わなくても家が建ってしまったら、めちゃくちゃショックやなって思います」。

工場を案内してもらうと、さやの部分に刻む印の中に『会染小学校』の名前があった。長野県池田町にある会染小学校では、保護者が資源回収を行って得た売り上げで、毎年新一年生に肥後守を贈り、6年生が使い方を教えることが30年以上続いているそう。さらに凄いと思ったのはここから先、子どもたちは鉛筆を削るなど、ちょっとした作業に使うだけでなく、手入れの方法を学び、自らの手で肥後守を研ぐ。肥後守の人気が高いフランスでは、肥後守を特集した雑誌も発売され、内容は歴史からカスタム、メンテナンス方法まで多岐にわたる。あちらでは、『研ぐ』という文化がすでに定着しているそうだ。


胸に刺さったのは言葉

工場案内で作業の工程を一通り教えていただき、お話も終わりに近づいた頃、

永尾さんー「例えばこれを今渡されて、あなたなら何に使いますか?」

と質問を受けました。私が用意していた言葉は、永尾さんが想定していた答えのようでした。帰り道、別れ際に肥後守を一本手渡してくれた永尾さんの言葉が胸につき刺さって抜けない。この日から、肥後守と私の暮らし方探しがスタート。早速、鉛筆を削りたくなるが、肝心のモノを家の中で見つけるのに一苦労、削り始めると手から伝わる感覚と漂う鉛筆の匂いが懐かしい。そして、食材を次々に切ってみた。切れ味は最高。向き不向きもなんとなくわかってきたけど、結局、自分の返した答えから抜けだせない。継続性がないのだ。他には、何に使えばいいの?そんな日々が続いたが、暮らしの中に「嗚呼、今持っていれば」という思いを度々するようになった。例えば、散歩。私は木の実を見付けると、食べてみたい、割って中を覗いてみたいとウズウズする。そう、持ち歩けば可能になる。身近におく習慣が必要だったのだ。肥後守が暮らしと寄り添い始めると、もう一つ気になることが出てきた。恋しいのだ、最初の切れ味が。会染小学校の子どもたちの事を思い出し、「研ぎ」を知りたくなったのです。

道具と身体のやり取り

三木市では、毎月第一日曜日の午前中。昔の鍛冶職人の技術を残すために『古式鍛錬』を金物神社の前で公開実演している。大工道具の町なので、鉋(かんな)・小刀・鏝(こて)・鋸(のこぎり)・鑿(のみ)を月替わりで見学できる。永尾さんが参加する小刀の日に顔を出すと、すぐに紹介してくれた(肥後守はナイフになるが、一軒しか残っていないということもあり小刀の部に入っている)。後日、三木工業協同組合が行っている包丁研ぎ養成講座へ取材に行った。基本的な研ぎ方はナイフも同じだそうだ。研ぎ方を教わるが簡単そうに見えて、やってみると実に掴めない。わからないと書けない事を機に、現在も通い続けている。砥ぐたびに現れる疑問や難しさ、そのギャップもあり上手くいったときはとても嬉しいのだが、毎回のように指を切って帰る。下手くそだから切るんだな、恥ずかしいから皆には内緒にしていた。「道具は使いこむことが大事」という永尾さんの言葉を思い浮かべる。なんで手が切れるのか、どうすれば切らずに研げるのか?なのに、開始早々に指を切る日もあった。しびれを切らせて先生にコツを聞く「こっちの手は添える感じで」。なるほど、最初に教えてもらった、包丁の構造、研ぐ角度とそれを保つための姿勢。『一旦、立ち止まって整える』術を得た。例えば、苦手な書道だって自分の思いえがく線を書くために、筆と身体を会話させているのかもしれない。使いこなすって、そのやり取りの経過の中にあるのかも。

自分とのお約束

現在、編集部のちはるちゃんのお家では、小学一年生のヒヨコが少し小さめの肥後守を使って、ダンボールをバンバン切り、数々の作品を作っています。贈り主はもちろん私、子どもの手になじみやすいサイズで、お手入れすれば長く使い続けられるものを選びました。近くにいる存在なのでメンテナンスは私がするつもりですが、いつかは、彼女自身ができるようにしたいと思っています(勝手に)。淡路島に住む友人にも出産祝いとして初めて、同じタイプの肥後守を送りました。渡すときには、「中身は肥後守というナイフです。この子に渡しても大丈夫と思う時期がきたら、使い方を教えてあげてください」と伝えました。家族でキャンプに行ったとき、ナイフの使い方を通して親子の新しい時間が生まれたら最高だな。むやみやたらにプレゼントできるものではないから、何度も自問自答して決断しました。プレゼントの肥後守を買いに永尾さんの仕事場へ行ったとき、「赤ちゃんのお父さんがボーイスカウトだったから使い方を教えてくれるんじゃないっかって。そう思うと出産祝いに渡したくなって」と話すと、永尾さんの顔がほころぶのがわかりました。

永尾さんー「そういう方に使ってもらえるって、すごくうれしいなあ」。

 

事務所の壁には、会染小学校から毎年贈られてくるメッセージボードやカレンダーがいくつも飾ってあります。この日めくりカレンダーは、永尾さんのお母さんのお気に入りで長年愛用しているそうです。初めて取材で訪れた時に、こんな話をしてくれたのです…。


使い捨てより使い切りたい


永尾さんー「以前に会染小学校に招待されて、子どもたちの前で僕のことを紹介してくれたんです。その後、保護者との懇談会で『僕もここの卒業生で、あの時もらった肥後守を今もまだ使ってるんです』って言われたときは、本当にこの仕事は大変だけど、続けて良かったなって、嬉しかったです。本当に感謝ですよ」

時代の移り変わりの中で踏ん張りながら、『誰もが手に取れて、何にでも気軽に使える、質の良いナイフ』を造ることを諦めなかった永尾さんにとって、最高の誉め言葉だったに違いない。だって、その瞬間に空気が柔らかくなったから。

 

永尾さんー「昔は柿を剥いたり、鉛筆を削ったり、遊ぶおもちゃも自分で作る時代だったけど、生産大国・日本では、鉛筆削り器やカッターナイフ、便利なもので溢れているからね…」

時間の流れにそって、少しずつ生活も様変わりしていく。子どもの頃の私たちも、大人にとっては『今どきのコ』だったはず。豊かさを追い求めてここまできたのに、あの頃は楽しかったなって少し羨まし気に過去に浸る。こんなに豊かになったけど、人の手が持てる量には限りがある。『手軽』っていう釉薬でコーティングした膨大な量の物や情報が、本物も偽物も関係なく流れては落ちていく。見た目だけじゃわからないから『便利』っていう決め台詞でポチッ。じゃあ、ゲットしたそれを使い切ってみよう。使い捨てより使い切りたい、いろいろ難しいけどね。私もせっかく命をいただいて授かった体だから、使い捨てより使い切りたい。目だけをいくら凝らしても、見えるのは表層だけ。本質はもっと奥にあるから、心も体もたくさん使って、使い込んで。そうすれば、少しくらいは見分けられそうな気がする。道具も人も一緒。同じくらい素晴らしいものだから切磋琢磨できる気がする。

【肥後守ナイフ】永尾かね駒製作所ホームページ
https://www.higonokami.jp/
【金物古式鍛錬】三木工業協同組合ホームページ
(包丁研ぎ講座については、同ページ記載の電話番号へお問い合わせください)
https://www.miki-kanamono.or.jp/info/2018_koshikitanren_timetable/


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執筆者プロフィール

やすかわのりこ(三木市在住・1973年生まれ)
やすかわのりこ(三木市在住・1973年生まれ)
趣味も特技も特になし。そんな私も20代は「歌で飯食う!」って決めてました。ライブ明けの帰り道、都会のネオンを見送りながら、「脱・田舎!」と心に誓い、ソフトな家出から大阪に流れ着きました。音信不通だったためフラリと実家に立ち寄ると、あるはずの自宅はなく、足元に広がった更地に言葉もなく立ち尽くす。なんてこともありました。笑