ゲリラゴザ 特別編:福島にて


【その場に行く資格】

浪江町を襲った津波。丘の上から海まで広がる草原。かつては海がみえないほど住居が建っていた場所。

7年前、家のテレビ越しに食い入るように見つめた、津波の映像を思い出す。あまりにも圧倒的な力で、たくさんの命が奪われた事実。あの時何もできなかった自分には、その場に行く資格がないのでないかと思い、避けてきた場所に座る。

小学校の子供たちは、全員で丘を駆け上り、助かったという。

今は人気のない丘にたつ一本の樹。

震災前2万人いた浪江町。避難解除後戻ってきたのは800人。

【どちらも人間が作り出したもの】

福島第一原発の事故により、全村避難となり、まだ帰村することが許されない大熊町。

若い人たちをこの場所に来させることはできないと6人の“じじい部隊”がたちあがり、町民がいつ帰ってきてもいいように、大熊町のパトロールを続けている。

福島第一原発が見えるダムの上に、じじい部隊の人と座る。
原発を作りたいと願ったのも人間で、故郷を守り続けたいと願うのも人間。
どちらも人間が作り出したものなのに、片方の願いは隣に座ると暖かく、片方は遠く彼方に見ることしかできない。

そんな“じじい部隊”も来年3月に解散。避難解除の日はまだ見えない。本当におつかれさまでした。

▼じじい部隊紹介記事
https://mainichi.jp/articles/20180412/k00/00e/040/177000c

【日本のお姉ちゃんってことにしよう】

アメリカから来たナターシャ。アメリカ人の父と福島生まれの母を持つ。

「福島で起きたことを知ったとき、両方にルーツを持つ私がここに来て伝えることが自分の使命のように感じた」

この地であんぽ柿を作り続ける親族のドキュメンタリー映画を撮りたいと願っている。

「日本のお姉ちゃんってことにしよう」
2日間泊まった川内村のいわなの里で、新しくできた妹と離れるのが寂しくて、急いでゴザの上に座る。

【そこにあるのは、ただの数字】

福島市内の公園に設置されたモニタリングポスト前。

見えるのはただの数字。きちんと知ろうとしなければ、私にはなんの意味も無い、ただの数字。
でも、そこで生きる人たちにとっては、とても大切な数字。

震災後しばらくは外で遊ぶ子供たちの声が聞かれることはなかった。
じょじょに戻りつつある日常。
でも、戻りつつあるのは、かつて暮らしていた“日常”と同じ場所なのだろうか?

*このゲリラゴザは2018年10月 福島ラーニングジャーニーに参加して撮影しました。