ゲリラゴザ - グルームさん、まいりました-

2019年6月23日、六甲山の記念碑台で開かれたグルーム祭。私の初めてのゲリラゴザ。

人が多いし、知り合いもいる。恥ずかしくて、早く終わらせたくて、中途半端な写真しか撮れなかった。

でもなんだか悔しくて、再びゴザを持って、記念碑台にやってきた。

初夏の六甲山。天気は曇り。記念碑台には誰もいない。広い芝生を独り占め。

グルームさんの像の前にゴザを敷いてみる。
正座、三角座り、寝転がってみたり・・・。いろいろなポーズで写真を撮る。

だけど。どれもピッタリしない。

改めて目の前のグルーム像を眺めてみる。
すると、グルームさんの前にひれ伏した。

それはまるで、時代劇の「遠山の金さん」。ドラマ最後のおシラスで、金さんの正体がわかり、悪者がひれ伏すお決まりのシーン、そのままだ。

私の気持ちは一言、「まいりました」。

グルーム(アーサー・ヘスケス・グルーム)さんは、六甲山に初めて別荘を建て、六甲山をリゾート地として開発した最初の人だ。外国人の友人たちを六甲山に誘い、日本初のゴルフ場まで造ったという。

グルームさんのおかげで、六甲山には別荘やホテル、観光施設ができ、一時は関西有数のリゾート地となった。そんなグルームさんの功績を称え、毎年グルーム祭が開かれているのだ。

でも今はどうだろう?別荘や保養所は空き家となり、朽ち果ててしまっている建物もある。ハイカーは多いが、リゾートとしてやってくる人は少ない。

冒頭の話。
グルーム祭でゴザを敷いて、写真を撮った。どれも中途半端。
観光イベントでしか大人数が集まらない記念碑台。ふだんはハイカーがお弁当を広げていたり、ライダーが駐車場で休憩していたり。

大人数が集まる必要はあるのか?いや、ないと思う。市街地からすぐの六甲山。リゾートである必要はない。みんなが好きなスタイルでやってきたらよいと思う。

執筆者プロフィール

中埜久仁子(神戸市在住・1968年生まれ)
中埜久仁子(神戸市在住・1968年生まれ)
生粋の大阪人。小学生の娘を持つ高齢ママ。20年ほど広報の仕事をするも、現在は六甲山の麓で人生修復中。子どもたちの笑顔と旅とお酒が好き。阪神ファンではありません。