文:野崎 安澄
奈良県に畳を使った財布を作っていて、しかもきちんとビジネスとしても成功している畳屋さんがいるという噂を聞いた。
畳を使った小物を作っている畳屋さんは数多くいる。
でもあくまでも”サイドビジネス”という感覚なのではないか(と推測している)。
果たして、どんな意図で「畳屋さん」が「財布」をビジネスに昇華させたのか?
そのとき本業である畳はどうなっているのか?
そんな問いを持って奈良県に向かった。
「自分たちが造ったものが売れるときに、嫁に出すような気分になるから」
初めて降り立った奈良県近鉄田原本駅。お世辞にも派手とは言えない、控えめな駅だった。ここで合っているのか、としばし戸惑う。
Googleを頼りに、歩いて今日の目的地である『織田畳店』に向かった。
若干迷いながらも進んでいくと、軽トラの止まった工場(こうば)らしき建物、そして『織田畳店』の看板が出てきて、ホッとする。
人の気配がしないので「あのー」とのぞきながら声をかけると、めちゃくちゃ笑顔の男性が出てきた。
どうぞどうぞ、と工場の横のオシャレなドアへと案内される。
織田さん:「ギャラリーを去年1月のオープンしたんですよ。もともと雑貨店だったんですが、やめて5~6年間物置になっていた部屋で」
そうやって案内されて中に入ると、確かにい草の香りのする”ギャラリー”だった。
織田畳店さんは、二つの顔で知られている。
一つの顔は、創業120年の奈良県田原本町の畳屋さん。そして、もう一つの顔として、2016年度 グッドデザイン賞を受賞した”畳”でできた財布や小物を製作・販売している。
畳屋さんで、畳を使った雑貨・小物を作っている人は多い。
では織田畳店さんは、一体何がスペシャルなんだろう?(グッドデザイン賞を受賞するくらい)
めちゃくちゃ笑顔の織田さんは、ギャラリーに飾ってある畳小物や財布を一つ一つ丁寧に紹介してくれた。
織田さん:「実はこの財布のシリーズには子供たちの名前が付けてあるんですよ。自分たちが造ったものが売れるときに、嫁に出すような気分になるから」
と、すごく嬉しそうだ。
織田さん:「葵(あおい)、雛(ひいな)、智(さとい)という3姉妹の名前です。もちろん、まず最初作った財布に長女の名前をつけて、その後作るたびに名前をつけていったんですけどね。」
ギャラリーの奥の事務所スペースらしきところに、少し古びた小さい女の子たちの映った写真がある。もしかしてあの写真が娘さんたちですか?
織田さん:「そうですよ。もうみんな成人してますけどね」
えっ?!織田さん、若く見えるけど、もう娘さん成人しているの?!動揺を隠せない。
そんな話をしている内に、織田さんの奥さん、吉美さんがコーヒーとお菓子を持ってきてくださった。
「実はこのお財布、畳と同じように表替えができるんです」
ギャラリー奥の事務所のイスへ案内される。そのイスも金属製のメタルの外枠に畳がきっちりとはめ込まれていて、カッコイイ。よく見ると、織田畳店のマークが金属部分に埋め込まれていた。このイスは地元の金物屋さんと一緒に作ったそうだ。
全ての小物に入っている織田畳店のシンボルマーク、実は吉美さんのお母さんが描いたもの。「田原本町と言えば『楼閣』」と言って、街のシンボルでもある『楼閣』を織田畳店のマークにしたのだ。
織田さん:「財布もそうですが、自分たちでここでつくっている訳ではないんですよ。お財布は奈良の財布職人さんにお願いしています。
最初はあまりのゴザで作り始めたんですが、販売するとなるときちんとしたものを作りたい。そうやってスタートしました」
となると、この場所で作っているのは本当に『畳』だけなんだなぁ。
織田さん:「ただし材料は全てうちで仕入れています。革屋さん、生地屋さん、チャーム、ジッパー、全てのパーツを自分で見て、打ち合わせしました。それを各工程の会社さんに渡してお願いしているんです。その仕組みを作るのにすごく時間がかかりましたね」
そう語る織田さんをニコニコしながら見つめる吉美さん。
元々吉美さんのお父さんが経営していた畳屋さんを、織田さんが継いだ形になるのだそうだ。
吉美さんは、私たちにパソコンの画面を見せながら
吉美さん:「今、ホームページのリニューアル中なんですよ。実はこのお財布、畳と同じように表替えができるんです。畳の表替えについて知らない方もいて、そんな人たちに知ってもらうきっかっけになったらいいな、と。ホームページにちゃんと載せようということになりました」
え?お財布の表替えができるんですか?!じゃあ汚くなったり、傷ついたりしたら・・・。
織田さん:「そうなんです。元々自分たちが最初に作って販売したお財布が、自分で使っている内に半年ほどで畳の部分がボロボロになってしまって。すでに100個ほど販売してしまっていたので、慌てて一人一人にお手紙や電話で連絡をして、無料で全部表替えさせてもらったんです」
それは喜ばれたでしょうね。私だったら、ただ単に自分の使い方が荒いからだって思っちゃいますけど(笑)。
吉美さん:「みなさん、すごく感謝してくださって。そこで財布職人さんと話し合った結果、一度だけなら縫い目の関係で表替えができる。だったらきちんと唄っていこう、と。
そして、実は財布をきっかけに畳の表替えのことを知り、家の畳でもできるかしら?と言う問い合わせが、やっと入り始めたんです」
2人とも、すごく嬉しそうだ。やっと本来願っていたことが実現する。そんな感じだろうか。
そして、もう一つ気になったのが、事務所内の在庫の前に大量に積んである紺色のニット。もちろん”楼閣”マークが縫い込まれている。
手に取って見ると柔らかで肌触りがすごくよい。
吉美さん:「これは私の同級生が県内でニットの会社を経営していて、彼女に頼んで作ってもらっているんですよ」
最初は和紙で財布を包んで出荷していたが、お客さんから手入れの方法を聞かれて、ニットクロスで拭くことをご案内したことをきっかけに「じゃあ、ニットで包めばいいかな?」と。
織田さん:「畳だけをやっていたころは、県外に出ることなんてほとんどなかったのに、お財布を作り始めたことで県外、国外まで人とのつながりができました。田原本町のこの楼閣のマークも、海外の展示会などで展示されていて、一人歩きしているような状態です。田原本町を知ってもらうきっかけ、アピールになるかな、と思っています」
織田さん・吉美さんの作るお財布の一体何がスペシャルなんだろう?
一つ一つ長い説明がついてしまうくらい、思い入れのある財布のパーツへのこだわり?
畳表がほつれてきたら「仕方ないや」と思えず、全ての財布を回収し表替えをする妥協のなさ?
でもなんとなく私が感じたのは「決して1人やらないこと」かな、と。
財布を作るプロの職人さん、各パーツの調達でつながる会社さん、
財布を包むものさえ、奥さんの同級生と一緒に作る。
海外への展開も、現地にいる日本人の人にサポートしてもらいながらビジネスしている。
決して1人でやらず、常にたくさん人の助けを借りている(いや、自然と助けたくなっちゃうのかな?)
そんな気がした。
冬の三輪山にクロックス登山
「お2人はお昼ご飯はどうされます?」
話が終わると、そうやって声をかけてくださった。
午後に大神神社に行こうと思っていたが、特に予定のない私たち。
「じゃあ、先ほど言った田原本町の”楼閣”を見に行きませんか?実はそのすぐ横の道の駅に納品の予定があって、その2階にレストランもあるんですよ」
もちろん、ぜひ!!
車にのせていただき、道の駅へと向かう。
そして道の駅で、次々と声をかけられる織田さんご夫妻。
地元の会社の経営者さんたちだ。
お2人が、年上の方々にからかわれながらも、明らかにかわいがられ、愛されているのを感じて、微笑ましかった。
そして田原本町のシンボル楼閣へと案内してもらう。
吉美さん「元々はここも草ぼうぼうの野原だったんですよ。そこにポツンと楼閣が立っていたのに、今はこんなにキレイに整備されたんです」
織田ご夫妻も、ここまで全てが順調だったわけではないらしい。
苦しい時、大神神社に参り、冬の三輪山に夫婦二人で登ったそうだ。しかも、何を思ったかクロックスで行ってしまい、大変だった、と笑いながら話してくれた。
そして最後に、楼閣の前で仲良くゲリラゴザをお願いしたら、快く引き受けてくださった。
見ているだけでホッコリする。
病める時も健やかなる時も、共に歩んでいる2人の姿が、なんだかちょっと羨ましかった。
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畳だろうが、財布だろうか、売れているのはモノではなくて”織田夫妻”なのかもしれない。
わざわざネットで見た織田畳店のお財布を買おうと、
彼女と2人で車を運転しながら何時間もかけて神奈川から来てくれたカップルのために、
閉店時間を過ぎていてもギャラリーを開ける。
「畳じゃなくてお財布ばかり作っている」という中傷を聞いて、
であれば誰からも文句が言われないように一級畳製作技能士の免許をとろうと奮起する。
そして、実際に取得してまう(7年以上の実務経験、または2級合格後2年以上の実務経験が必要とされ、学科試験では畳だけではなく幅広い知識が必要とされる)
「おかげで、今まで知らなかった観点から、自信を持ってお客さんに畳のことを伝えられるようになりましたよ」と嫌味なく笑う。
そして頼まれれば、夫妻仲良くゴザに座ってしまう。
どちらか1人が欠けていても、きっとこの愛される織田畳店の今はないんだろうな。
夫婦でなりわいを共にする。
昔は当たり前だったであろうその光景が、すごく眩しかった。
織田畳店
奈良県磯城郡田原本町幸町152-2
0744-32-0644
https://www.oda-tatami.jp