文:大森ちはる 写真:やすかわのりこ
2019年10月下旬。Facebookを開くと、「これいい!」のコメントとともにネットニュースのシェアが流れてきた。リンクを辿ると、フェリシモの「日本の風景を変える 畳シート」の記事。そこには、「ブルーシートだらけの日本の風景を変えるため、まさに畳!な、畳柄のレジャーシートを作りました」と記されている。
幾分かの嫉妬とともに、シンパシーを感じた。わたしたちも日頃から、畳店さんからいただいた古ゴザ(畳の表替えや新調で不要となった畳表)を敷いてピクニックしたり(「公園が部屋になる。」)、由緒正しき芝生で古ゴザの無料レンタルを企画したり(「ひらけ、蔵。座れ、ゴザ」)している。
たぶん、古ゴザと畳シートは、鉛筆とシャープペンシルのようなものだろう。姿かたちは違えど、まなざしの先にある風景はきっと近しい。敷き物界に颯爽とあらわれた友とその生みの親・(株)フェリシモ 生活雑貨事業部の川合由花さんに会いに伺った。
友は、古ゴザをご存知なかった。
大森: 視覚的な畳具合―――畳の再現ぶり、実物は記事で見ていた以上にリアルですね。単にプリントしただけじゃない、写実的とも違う。質感があるというか。ブルーシートは靴でちょっと踏んでもまあいいかとなりますが、畳シートは抵抗があるというか、絶対に踏んだらあかんというか。なんだか自然と正座になっちゃいますし。
川合: あはは。ありがとうございます。
大森: 畳シートの源泉は、「子どものころ初めて行ったお花見」だったとか。
川合: はい。小学校低学年だったと記憶しています。親に連れられて近所の神社にお花見に行ったんです。桜といえばそこ、みたいな名所で、たくさんの人が宴をひらいていました。みなさんブルーシートの上に座ってらして、そのブルーシートが視界の限り遠くまで広がっていて。桜を見に行ったはずなのに、あの一面ブルーの光景がショックで、そればかりがずっと記憶に残りました。
大森: それがいつ、どうやって畳に結びついたんですか。
川合: ものづくりで生きていきたくて、美大でテキスタイルを学んでいた頃です。あの光景を想ったときに、ふと畳だったら日本の景色に合うんじゃないかと閃いて、パソコン上でお花見の画像のブルーシートに畳をはめ込んでみたら、めちゃくちゃしっくりきたんです。
大森: 畳って屋内のイメージが強くないですか。そのあたりはどんな閃きの経路だったんでしょう。
川合: なんかこう、床に直接座るというときに、日本の風景で何が合うかなと考えたら、畳に行き着きました。上敷きのゴザもありますが、ゴザはすでに薄いしシート状なので、畳とレジャーシートを掛け合わせる方がインパクトがあると。
大森: 京都の円山公園って、2013年―――ちょうど川合さんの畳シートのアイデアが生まれた頃から、お花見の時期にブルーシートが禁止らしいんですよ。代わりに、古ゴザの貸し出しをされていて。使い古した畳の畳表を畳店さんがペリッと剥がして……
川合: へぇ、なるほど。
大森: それを貸し出しているそうなんですけど、そういうのはとくにご存知なく畳に辿り着かれたんですか。
川合: 知らなかったです。すごいですね、それ。めっちゃいい。
大森: そうなんですね。わたしたちは、古ゴザを携えてお花見やピクニックをよくしているんですけど、古ゴザって重いんですよ。1枚1.7kgとか。それに折りたためないので、持ち運ぶときは背負ったり。てっきり、古ゴザのマイナス面を補う選択肢としてつくられたんだと思っていました。
畳シートを生んだ感受性。
大森: 古ゴザの存在やそういった世の中的な文脈なしに、20代前半で畳という感性をもたれるのって「参りました」なんですけども。大学で上京されたと伺いましたが、ご実家での畳の記憶はありますか。
川合: 実家はほとんどの部屋が和室で。畳、テレビ、こたつみたいな。それこそ小学生の頃は、シルバニアファミリーのフローリングのあつらえに憧れましたね。でも、高校生になると徐々に「意外に和室ってかっこいいかもしれない」「畳でも部屋として可能性がある」と思うようになって。
大森: すごくないですか、高校生で和室かっこいいって。よほど粋な和室だったとか、庭に面して縁側があったとか。
川合: とんでもない。ただ、母が着付け教室をしていたので、着付けの部屋だけはキレイでした。それはあるかもしれない。桐箪笥や日本人形といった和の風情が、あたりまえに生活空間に存在していました。
大森: ブルーシートの上で着物でお花見って嫌ですもんね。風情的に。
川合: ぜったいに嫌ですね。
大森: 大学でテキスタイルに進まれたとき、「こういうデザインをしたい」と目指すところはありましたか。
川合: 漠然とですけど、遠い外国のものより、日本の文様であるとか、身のまわりにたくさんいい素材があるので活かしたいとは思っていました。見過ごさないように感覚のアンテナを張るというか。知らないところにアンテナ伸ばしてもキャッチできないので、知っているところに。
大森: あぁ、そういうベースがあって、ご自身の生活や感情の記憶があって、視覚的なにおいを手繰り寄せて、畳に。なるほど。