【彼と畳の関係になりたい】第1章:でも、この部屋、畳ないから

 文:岩田かなみ  イラスト:十倉里佳

「でも、この部屋、畳ないから」
畳好きな彼の決まり文句。

去年、事実婚をした彼とこの部屋に住んで、もう3年。

付き合って1年で同棲を始めた。
その時は、2人の予算、駅からの距離、最低限の広さとセキュリティを優先して今の部屋に決めた。
思い描いた夢の物件からは遠かったけど、「住めば都」というか、フローリングの1DLKでも2人が暮らすには十分で、部屋の使い勝手も良く、少々雨が降っても大丈夫なくらいの駅近、スーパーやコンビニも選べるくらいあって、彼のこだわりのポイントが貯められる本屋もある。

付き合って1年目のまだ不安定な距離感には、お互いのパーソナルスペースが十分とれるくらいの広さが必要だと思っていたけど、始めてみたら同じこたつの上で作業をしていても別世界モードになれる2人だった。

土日の予定はバラバラ、共通の趣味もなく、性格も正反対で2人で叶えたい夢や目標もない。でも、なんとなく向いている方向性や価値観が似ている。
『自分の生きたいように生きたい。そのために今、自分のやりたいことをやる』
それが彼と私の共通項。
そんな2人に同棲のゴールは、というか実際にはきちんと話し合ったこともないけど「一緒にいること」だった。
食う、寝る、暮らす。が一緒にできれば良くて、それ以上は望まない。

付き合っているときから将来の話を一切しなかった。
よくあるインターネットの記事には『同棲をする前に決めること』が書いてあるけど、“そんなん話したらしんどいだけやな”と思って話さなかった。

きっと、彼の生きたいように生きる人生の中に<結婚>は入ってなくて、中心にあるのは、実家の家族のこと。

彼の実家は、東北の農家。両親が専業農家で、兄弟が2人と犬が1匹。おばあちゃんは去年亡くなった。
ベジタリアンではないけど、家で育てた野菜中心の食生活で育ったせいで、細身の彼。
小食なのは、野菜しか出ない食事が嫌で食べる量が少なくなったそう。

徒歩40分かけて通学する小学校は3年生までが車かバス通学がOKで、両親が迎えに来てくれたらしい。
「田舎はみんな車の免許を持ってるし、スーパーの買い物も、送り迎えも全部、自由な時間にできる。だって、農家だから」

「うちならもう晩ご飯を食べ終わっていて今ごろ鉄腕DASHをみてる」
日曜日の夜、7時ごろからスーパーに行き、ご飯の支度を始めると彼が言うセリフ。

「相棒はシリーズ0から全部見た」
自分の部屋は特になくて、畳の居間にテレビがあって、基本的にそこで過ごす。お母さんとお姉さんが見るテレビ番組を自動的に一緒に見ているので、私よりドラマに詳しい。

寝るのも畳、仏間が寝るための自分の部屋だったらしい。
だから、3年目を迎えるころには、狭いベットで2人で寝るのがいい加減窮屈になって、少し前から、私がベッド、彼はフローリングに布団を引いて寝るようになった。

口数の少ない彼が、家族の話をするときはいつも嬉しそう。
そして、彼の家族との思い出は全部畳の上にある。

そんな彼の招来の夢は、ITx農業を実家に取り入れて、家業を手伝いながらITエンジニアとして両親がやっていた技術をテクノロジーで受け継いで、農業とエンジニアの仕事を両立すること。

理系の仕事ではあったけど、前職の延長ではそこにはたどり着けないと独学でプログラミングの勉強を始めて、去年エンジニア転職をした。

神戸と実家の2拠点の生活をするのが理想らしい。
きっと彼にとって神戸の中には私も含まれているはず、なので実家の次のカテゴリーに私は入っているみたい。
彼の世界は、家族と家族以外の人間関係でできているよう。

私は家族との関係に悩み、25年目でやっと手にした1人暮らしを気ままに楽しみ、それを損なわない彼との関係が安心安全で、それ以上の関係を望んでなかった。
例え相手がだれであっても、私にとって結婚して誰かと家族を作ること、親戚が増えたり、子どもができたり、家を購入したり、2人の関係上の大きな何かを背負うのは、無理だと思ってた。
だからこそ、彼とは将来を語らず、一緒にいることを大事にできることが心地よかったし、それでもよかった。

そんな彼との関係が事実婚になったのは、去年の3月のこと。
以前から
「事実婚ならできるんとちゃう」
と冗談を言っていたけど、やっぱり必要性がなかった。

私が『生きたいように生きる』ために正社員を退職して、とりあえずやりたいことのために色んなことにチャレンジすることにした。
その時に、実家に住民票を置いていると社会保障の手続き不備が重なったことや、やっぱり社会的に頼れる存在が欲しかったなどの理由を話して、住民票を移すついでに事実婚をすることにした。
事実婚がしたかったわけじゃなく、”たまたまそのタイミングがきた“というのがしっくりしてる。

事実婚は、結婚届を出さずに、事実上の夫婦生活を営む結婚形態のことで、戸籍はいれず社会的に夫婦の関係になれる制度のこと。
「事実婚をした」と公表をするだけで始められるらしいけど、私たちの場合は住民票を一緒にしたかったので、市役所に行って事実婚の手続きをした。手続きといっても、住民票を一緒にして続柄を、「世帯主」と「妻(未届)」にすること。
住民票の手続きなので、区役所が特別開庁をしていて、2人の都合が合う日が結婚記念日になった。

あれから1年ちょっと。事実婚したからといって変わることはないけど、彼と夫婦になれてよかった。

長期休暇はそれぞれの実家に帰省する。

「やっぱり家はいいわー」
神戸に戻ってきたら、彼はそう言う。
これにはいろんな意味があって、実家は家族がいてゆっくりできて良い、というのと、神戸は便利で住み慣れた日常があって良い、ということが含まれている。
愛情表現なんてしてくれない彼の考えていることがちょっとだけわかってきた。2人で遠くに出かけたときも帰宅したらこう言ってくれるようになった。
きっとこの部屋が彼の家になってきたんだと思う。

「でも、この部屋、畳ないから」
物件情報を見るのが趣味な彼は、理想の間取り、駅からの距離、ちょっと頑張れば手に届く家賃の部屋を探して、いつもこう呟く。
快速が止まる駅から徒歩5分以内、2LDK、カウンターキッチン、日当たり、綺麗さ。それに畳の和室。
これが彼の理想の部屋の条件。
駅からの距離と広さ、カウンターキッチンまではクリアしていても、畳の和室が備わっている部屋が少ない。

「でも、この部屋、畳ないから」は今の部屋にも言う。
いつの間にか、
「次は畳の部屋に引っ越そう」
と言うようになった。

畳の部屋に住みたいなんて思ったことなかったのに。
でも、彼から聞く畳の話はとても大切そうで、事実婚の私が知らない彼と家族の関係みたいで。

私は、彼と畳の関係になりたい。

執筆者プロフィール

岩田 かなみ
岩田 かなみ
ゆとり世代の年下男子と事実婚。りらっくまになりたいと思いながら生き急ぐ多動性。自分の人生も編集できるようになれたらいいな。