DEMOくらし的、日本酒。

子育ての先輩が「いまだに私、これに尽きるなぁと思うのよ」と薦めてくれた本。「子どもを信じること」(田中茂樹著)。娘を頭に浮かべながらページをめくると……読み終えたときには、日本酒を想っていた。興奮気味にいうと、救われた。ずっとぼんやりしていた日本酒と私のカンケイを、「それでもいいやん」と認めることができたのだ。

この本は題名のとおり、「子どもを信じる」具体的な態度が書かれている。しかし、その知見は「子ども」に留まらない。おそらく対象が何であれ、向き合う行為全般に効くんじゃなかろうか。

たとえば、「子どもとのコミュニケーション」の章にあった、「(話を聞くときは)いわゆる5W1Hの言葉をできるだけ使わない」というハック。その心は、「話し手がまだ話していないことを、聞き手があえてたずねなくても、話は進んでいく」。「なにがあったのか、ということよりも、子どもはどう感じているのか、に関心を向ける」ことで、子どもは「自分が本当に話したかったこと(子ども自身もそれとは気がついていなかったこと)にたどり着く」らしい。

じーんときた。

「DEMOくらし日本酒」に関わって3年、副編集長を任されて2年半。ときに周囲が、ときに自分が私に訊く。「なぜ日本酒をテーマに据えるのか」「どんな日本酒が好きか」「日本酒のどこに魅力を感じるか」「なぜあなたが副編集長を務めているのか」――問いを向けられると、ソリッドな答えを返さねばと気が急く。しかし、口をつくのは茫洋としたことばばかり。前職のSE時代の上司が聞いたら「なぜなぜ分析が足らん!」と叱るだろうか。ほのぼのとした語感と鬼の形相のちぐはぐな記憶が蘇る。

そういえば、彼のもうひとつの口癖は「そもそも論」だった。「そもそも、あなたにとって日本酒とは何か」――ますます論理がファジーに破綻する。たじろぐ一方で、私の心に棲む利根川(漫画「賭博黙示録カイジ」の敵役)が吠える。「質問すれば答えが返ってくるのが当たり前か!?」――こうして、問いと推論と反論の渦中であえいでいた。

「ビジネスでの取引やニュース報道などにおいては、『事実がどうであったか』を伝えること、受け取ることが大事でしょう」と著者は言う。ああ、そうか。客観・論理でつむぐ科学的態度は、「おいては」であって、全方位に適用しなきゃいけないわけじゃない。そりゃあそうだ。でも、いつの間にか絡めとられていた。いま膝を打ったのが何よりの証拠だ。論より証拠。

日本酒の味も酒蔵も醸造の機微も、私は多くを識らない。知識の範囲ではおこがましくて、「いつ・どこで・誰が・どうして」ゆえにイケてる、なんて語れない。だからといって詳しくなりたい欲もいまいち芽生えないことに、蓋をしていた。「なぜなぜ」と詰問して「興味がない」に行き着くのが恐かったんだ。

興味なくは、ない。ぜんぜん、ない。神話の時代から醸されつづけてきた日本酒には、歴史的に揉まれ育まれた「強度」が備わっていると思う。その「強度」にまつわる文化や感性、記憶は、今日もきっと、暮らしのそこかしこに息づいている。日本酒に胸を借りて、暮らしをおもしろがりたい。

日本酒と私のあいまいなカンケイは、まだまだ続きそう。だけど、それもまた、オツじゃないか。

(文:DEMOくらし日本酒 副編集長 大森ちはる)

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