「もしかして、スイス人の方が日本酒を味わい尽くしているのかもしれない?」事件

文:野崎安澄

事の発端は、友人の開催するオンラインセミナー”地球市民塾”での投稿だった。
「スイスで日本酒のオンラインショップを経営しているマーク・ニデガーさんのお話し会をします」
よくよく聞いてみると、マークさんはかなり日本酒を愛しており、国内で広めたいと願っているようだ。
下戸の私はもちろん日本酒の味わいを知らない。なぜそこまで彼が「日本酒」に惹きつけられているのか、知る由もない。これは調査を始めなければ・・・。そんな勘が働き、こんな仮説を立ててインタビューを申し込んだ。

「もしかして、スイス人のマークさんの方が(日本人だけど下戸の私よりも)日本酒のよさを知っているんじゃないか?」(そりゃそうだ!)

■「日本酒には心が入っている」

そもそも、マークさんが日本酒を知ったきっかけはなんだったのか?

「日本酒に初めて出会ったのは、日本に留学していた時です。日本人の友達と東京に一軒家を借りて住み、よく家でホームパーティをしていて、そこで初めて飲みました。
飲むだけではなく、料理をするのが好きだったので、日本酒を使って色々な料理にもチャレンジもしましたよ。
スイスだと、料理に使うワインも飲むワインと同じものを使うんです。安い白ワインを使ってもおいしくならないんですよね。なので、こちらでも自分が輸入している純米吟醸を使って料理していますよ。」

でも、下戸の私がいうのは何ですが、洋食に日本酒って、果たして合うんでしょうか・・・。

「最初は、リゾットにワインの代わりにいれて楽しみました。日本酒はワインに比べてが酸味が三分の1なので、リゾットによく合います。
スイス人の大好きなチーズフォンデュも、そしてクリームソースも日本酒で作ります。ワインは味が強いので、日本酒を使って作ると味が柔らかくなり、リゾットやパスタのソースにうまみが出るんです。」

なるほど。確かに果物から作るワインに比べて、お米から作る日本酒のほうが柔らかくてうまみも出て、料理の邪魔をしないのかな、というのは想像できます。

「こちらでは、冬になると山に行ってチーズフォンデュを食べる習慣があります。ワインの代わりに日本酒で作ってみて、とオススメしています。『なぜアジアのお酒をフォンデュにオススメしてるんですか?』と言われることもありますが(笑)」

そ、それはそうでしょうね。もともとスイスで普段飲まれているお酒はワイン・ビールが中心。遠いアジアの国の日本酒を飲んだ時の反応・・・。想像できません。

「最初に日本酒を輸入する5、6年前、まずワインソムリエや日本酒ソムリエ、それに全く日本酒を飲んだことのない友人の4人で試飲しました。
「これはなに?」「発酵臭い、チーズ臭い」「飲んで大丈夫なの?」という反応でした(笑)。純米系ではよくこういう反応がでてきます。

一方、日本酒のすばらしさもだんだん知られてきています。
スイスは“クオリティ(質)”の国ですし、日本酒にも美味しいものがある、と数年前から人気があがってきていますよ。」

スイス人が感じる日本酒の“クオリティ(質)”。どんなところが評価されているのか・・・。

「2、3年前“The Birth of Sake”という、手取川の吉田酒造のドキュメンタリー映画がヨーロッパでも上映されたため、「手取川」のお酒が欲しいというオーダーがよく入りました。
小さな蔵で、家族みたいに数カ月一緒に住んで、朝ごはんを食べたり、日本酒のために毎日がんばっている。こちらの人たちから見ると、『ここまでの手間が入っていたら質もすばらしく、安いもののはずがない』と感じられました。“心”が入っている、と。」

The Birth of Sake
『手取川』の吉田酒造の酒造りに密着したドキュメンタリー映画。監督:Erik Shirai(エリック・シライ)

日本酒に心が入っている!

日本人の私たちは、日本酒に限らず何かを買う時、職人さんたちや作り手の「心」や「手間」を感じながら買うものを選んでいるだろうか・・・。

■「これも日本酒ですか!」

日本酒の“質”について、高い評価をしてくれるスイス人の人が多いのは分かったが、“味”についてはどんな受け取り方をされているのか。どうやら、私たちとは全く違う方法で、味を表現しているようだ。

日本で一般的に日本酒を表現する時によく聞く、「辛口」「甘口」。
だが、マークさんのウェブショップで売られている日本酒にはその表現は出てこない。スイス人には「辛口」「甘口」という言葉だけだと、伝えたい味や香りが正しく伝わらないからだ。

「日本酒の味の説明をウエブサイトに載せる時は、ソムリエと試飲して、ワインのように『リンゴの味で酸味が強い』『ピーチの香り』などと表現して伝えています。リンゴや梨と書いてあると、「甘口」じゃないかな?と読んでいる人は感じていると思いますよ。
ネットで一本買ったら50フラン(5600円くらい)します。購入してみて美味しくなかったら双方にとってよくないですからね。」

例えば…

powerful but gentle, refreshing, fruity and slightly nutty Junmai Daiginjo with a lovely acidity.
強く、そしてやさしく、さわやかでフルーティかつ、ほのかにナッツの香りがするすばらしい酸味の純米大吟醸。

strong and complex. Fruity and tangy, reminiscent of wood and bitter chocolate.

強くて複雑な味。フルーティかつピリっとして、木とビターチョコレートを連想させる味です。
a sophisticated Junmai Ginjo with a subtle citrus freshness.
さりげない柑橘類のフレッシュさを感じさせる洗練された純米吟醸です

確かにここまで細かく描写されていると、飲まない私にも味や香りがイメージとして伝わってきます。

そして、もう一点、私たちが感じる味と、スイス人の味覚にビックリするような違いがあることも発覚。

「実は『江戸元禄』という古酒がこちらでは人気なんです!
最初、輸入のために試飲した時「これはちょっと売れないな」と言われました。でも僕は自信があったので、輸入しました。
今では食後のお酒として、レストランでもすごく人気があり、売れています。
日本酒を紹介するイベントの時などにも、「特別な商品があります」といって出すと、「これも日本酒ですか!」と驚かれます。
「江戸時代のレシピを使っている」という、背景となるストーリーも魅力的ですよね。精米機もなかった時代のレシピで、精米具合もそのままで作っていて、特別な商品だと思います」

日本では現在、古酒はあまり人気がなく、苦みがあり苦手という人も多いのだとか。

江戸元禄の酒【小西酒造株式会社】

小西家に残されている元禄時代の酒造りを記録した古文書・酒永代覚帖。その酒造記録をもとに再現した琥珀色の原酒です。
http://www.konishi.co.jp/product/detail.php?id=1&did=17&c=10001 

「『江戸元禄』は本当に美味しい。こちらの消費者にとっては、ポートワインとかシェリー酒の味に近く、デザートワインみたいにすごく甘いと感じるんです。においは醤油。飲んだらハチミツや黒いチョコレートの味がする」

古来からの製法で作られた“古酒”が日本では飲まれなくなる一方、スイスではその歴史と味わい深さから愛されている。ちょっと不思議な現象が起きているようです。

■ワイングラスでおいしい日本酒を!

マークさんのおかげで、スイス国内の日本酒の認知度があがってきている。しかし、まだまだ誤解されている面もあるようだ。

「こちらでは、日本酒は小さいおちょこで飲むという印象があるため、強いお酒『スピリッツ(蒸留酒)』だと思われているんです。そこを払しょくするしかない。
スイスの文化はワインが中心。僕としては、純米吟醸などのおいしい日本酒は香りが出てくるのでワイングラスで飲むのをおすすめしています。ぜひ一度日本人のみなさんも試してみてください」

ワイングラスで日本酒。
日本ではまだまだ見慣れない光景だが、味や香りを楽しむためには、トライしてみるとよいのかもしれない(何度も言いますが、私は飲めません…)。

スイスの文化に根ざした新しい形で提案されている日本酒。どのように食文化と融合しているのでしょうか?

食事のシーンに合わせて、どの日本酒を飲むか選んでいますよ。こちらだと、レストランに行ったら、スターター・メイン・デザートと言う風に食事がすすんでいきますからね。それに合わせてお酒も選びます。

適当な日本酒があれば、アペルティフ(食前酒)として飲み、食中酒は食事に合わせて選びます。す。食後には『江戸元禄』などをオススメしていますよ。」

食べるものや飲むシーンに合わせて日本酒を選んでいる。確かに海外の映画の中でワインを選ぶシーンでは、食事に合わせてソムリエが選んでいますよね。

もしかして、日本人ののんべえさんたちは、まず日本酒を選んで、それにアテを合わせているのかな?(という下戸の想像)

一緒に飲みにいくと、おつまみは適当に枝豆、からあげ・・・と大体いつも同じものを選んでいるけれど、お酒は一生懸命銘柄をみて選んでいる。お酒と食事の食べ合わせにこだわるよりも、むしろ日本酒単体の味を追求している感じがするなぁ。

「日本だとみんなで集まって料理をオーダーして、それをシェアして食べたりしますよね。そこはスイスと日本の食文化が違うので、飲み方・選び方に違いがあって当然かもしれません。」

日本文化へのリスペクトも常に忘れない。そんなマークさんの人柄がまぶしすぎて、頭があがらない。

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このようにして、私の仮説検証インタビューは終了した。

スイス人のマークさん。当たり前だが日本人だけど下戸の私をはるかにしのぐ勢いで、日本酒のクオリティ、味の表現の仕方や味わい方を知っていた・・・。

そして、マークさんだけではない。

日本では「甘口」「辛口」で表現されている味を、繊細なまでに表現し、
自分の国の料理に使い、食事に合わせて種類を選び、
大きなワイングラスに注ぎ香りを楽しみ、
古来からの製法で作られた古酒の味わいを愛でている。

「もしかして、スイス人の方が日本酒を味わい尽くしているのかもしれない?」

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