若者が日本酒をつくったら

求めたのは「飲みやすさ」じゃない。ー飲まない若者たちが作りたかったお酒とはー

文:シモマキ

「学生酒づくりプロジェクト」は若宮酒造(京都府綾部市)と福知山公立大学(京都府福知山市)などの産学連携の事業だ。2021年に始まり2022年に発売された「Chillな夜に癒やしを得る」は、ゼミの取り組みとして学生が日本酒を作るということでも話題になり地元メディアでも様々に取り上げられていた。

偶然にも中心メンバーは日本酒を飲んだことのない3人だったという彼らがどんなことを思いながら臨み、日本酒に何を求めたのかをプロジェクトリーダーの嶋野将之さん(福知山公立大学4回生・取材当時)にお伺いしました。

嶋野将之さん。オンラインでお話をお伺いしました。

共有できるのは「思いを共有できない」ことだけだった。

プロジェクトが始まった2021年は大学ではまだリモート授業が推奨され、酒蔵訪問などの数少ない実地活動以外の会議も当然ほとんどがリモートで実施され、伝わりきれないもどかしさなどを感じなから時間だけが過ぎていったそうだ。毎週アイデアを発表しあっては納得いく成果が出ず、1回ごとの会議が終われば、また一人で次回に向けて悶々と考えを巡らせる日々を過ごしていた嶋野さん。お酒の仕込み開始のタイムリミットが迫っても新しい日本酒のコンセプト作りは困難を極めていたそう。メンバー3人全員が「日本酒を飲んだことがなかった」ということに加えて、空気感が伝わりにくいリモート会議ばかりでは「若者のための日本酒」のイメージ作りはそうとう難しかったのかもしれない。

酒米作りは、綾部高校生が担当。
無事に収穫を終えても、新しい日本酒のコンセプトは影も形も見えていなかった…。

コロナ禍の生活があったから。

ところが、メンバーの一人が発した「Chill系のHip Hopをよく聴く」という言葉から事態は急転。メンバー全員「絶対それだ!」とピーンときたという。それまで数々のコンセプト案を文字通り絞り出してきたメンバーたちだが、いずれも“コレ”というアイデアではなく、「コンセプト作りに向いていないのかも」とすら思ったという。そんな状態の中で“Chill”は、メンバー全員がすぐに思いを共有できるパワーワードだった。周りの大人は「チル?なにそれ?」という反応だったけれど、「コロナ禍の生活があったからこそ、自分たちに浸透した共通の感情だと思う」と嶋野さん。そんなChillな時間に飲める、一人飲み用のお酒もないから、「このコンセプトでいいじゃん」と全員一致でやっと決まったそう。また「従来の日本酒のイメージとChillとはかけ離れているから、それも日本酒のイメージ刷新でよいかと思った」と。「ここまでが本当に長かったんです」と当時を思い出しながらつらそうな顔をしていた。それまで滞っていたプロジェクトだったが、Chillと決まってからは、一気に進んでいった。

いったい「Chillな夜」って?

大人は“まったり”と言うけれど若者は“Chill”…。この違いは何なのかを聞いてみた。彼いわく「Chillは“まったり”や“ゆったり”ではあるが、ちょっと感覚が違う」とのこと。感情が高ぶった後のクールダウン的なシチュエーションらしい。なるほど。このプロジェクト会議に臨む毎回のプレッシャーに対して、終了後の脱力感がChillな時間だったのかなと想像した。静かに過ごす一人の時間が多いのなら、いっそそのことを楽しもうという思いがこのChillには滲み出ているのかもしれない。 ゼミでは嶋野さんの後輩たちが今年も日本酒づくりに挑戦しているという。「今だったらアフターコロナを意識した華やかなコンセプトになっているかもしれませんね」。

「香りは抑える方向で」のワケ。

無事にコンセプトが決まり、いよいよ日本酒作りが始まるのだが、作るといっても実際に彼らが酒蔵に籠もって作るのではなく、どのような味にしたいのかを若宮酒造さんに伝えて作ってもらう側となる。彼らの望んだ日本酒とは、どのようなものだったのだろうか…。 それを伺うと、開口一番「日本酒らしさは残したかった」と言う。彼らにとっての“日本酒らしさ”とは、このプロジェクトが始まる時に若宮酒造で飲ませてもらった日本酒の味なんだと言う。「『度数が高いから自分たちにはキツいだろう』と思っていた日本酒ですが、甘みと香りそして意外にも口あたりがよかったんです。日本酒ってこんなにおいしいのかって」と嶋野さん。ビールやハイボールが好きだという彼だが「ハイボールで香りを楽しむとかはないですから」。そんな彼らが求めた新しい日本酒は、「飲みやすいとかよりも、自分たちが飲みたい日本酒ということで、香り控えめで後味すっきり」だった。高い香りは『高級感満載=大人のお酒』に感じという。「非常に勝手ながら、味について口出しさせていただいたのですが、香りはほしいけれど、大吟醸まではいらない。抑える方向でとお伝えしました」。その時の様子を「飲んだことない者が…」と本当に申し訳なさそうに語っていた。

何度も試飲を重ねて、飲みたい日本酒に近づけていった。(メンバー3人と若宮酒造・木内社長)

「あ、これこれ!」

醸造が始まってからは、ひたすら待つしかないメンバーたち。自分たちの伝えた味に近づくのか。試飲しては「もう少し…」という工程を何度も繰り返し、「待っている間はワクワクもしましたが、もし思っている味から遠くなってしまったら…と考えると不安もありました」。

実は、米どころ・酒どころの岩手県出身の嶋野さん。実家ではお父さんが毎日晩酌するのは当たり前の景色だったという。その影響で彼も部屋で一人飲みするくらいお酒は大好き。そんな彼でも日本酒は「味のわかる大人の飲み物」で敷居が高いイメージだった。しかも、でかい瓶に筆文字の大きなロゴで全然おしゃれじゃない!だから日本酒は「飲む」時の選択肢にはなかったらしい。だからこそ「Chillな〜」は、おやじ臭さを一掃するためにも、そして若者の手になじみやすいように、ボトルの形や色、ラベルにもこだわった。

そして、ついにできあがった新しい日本酒。嶋野さんは「あくまでも自分たち(若者)が飲みたいと思える、そして日本酒の良さを伝える味になって嬉しかった」。コロナ禍のプロジェクトで何度も壁にぶち当たったけれどついに完成。さすがにウルっときたそうだ。 できあがった自分たちの日本酒を飲んだ時「あ、これこれ!」と思っていた通りの日本酒の味だったことに加えて、「これはマジ飲んだことのない日本酒だ!と思いました。特に絞りたては、ほんっとにおいしかった。あれをみんなに飲んでほしかった。」と悔しそうに、でも嬉しそうに語る嶋野さん。その顔は、その1年前まで日本酒を飲んだことがなかったなんて信じられないほど、日本酒推しの若者の顔だった。

完成後に地域での販売活動の様子。若者の日本酒離れについて「若者が手に取ったり試飲する機会が増えれば日本酒を飲んでもらえると思う」と語っていた嶋野さん。

「学生酒づくりプロジェクト」

若宮酒造株式会社(京都府綾部市)と福知山公立大学 地域経営学部・谷口ゼミ(京都府福知山市)、京都工芸繊維大学地域創生Tech Program(京都市・福知山市)、京都府立綾部高等学校農業科(京都府綾部市)からなる産学連携プロジェクト。酒米作りを綾部高校、ラベルを京都工芸繊維大学、全体コンセプトを谷口ゼミが担当し、若者による若者のための日本酒造りにチャレンジしたプロジェクト。2021年開始。

「Chillな夜に癒やしを得る」

酒米「五百万石」を使用し、クラシカルな日本酒特有の風味とは一線を画した、「スッキリとした爽やかな風味」が特長(酒造サイトより)。300mlと720mlの2サイズがある。「飲み方や料理・つまみも自由な発想で楽しんでほしい」と嶋野さん。

詳細・購入はこちら:若宮酒造オンラインストア https://wakamiyasyuzou.stores.jp/