若者が日本酒をつくったら

「家のお酒」が「私のお酒」に変わるとき。

文:やまみちみき

1844年創業、有限会社 佐藤酒造店(埼玉県入間郡越生町)の杜氏 佐藤麻里子さん。

家業である酒造りを手伝うことはあっても、蔵を「継いでほしい」と言われたことも、「継ごう」と思ったこともなかった。それにもかかわらず、大学卒業後から酒造りに携わり、2015年からは杜氏を務めている。

大学卒業後は普通に就職するつもりだった彼女を、酒造りに向かわせたものはなんだったのか。

杜氏の佐藤麻里子さん。オンラインでの取材時、背景に設定されていたのは麹作業の画像。

「やってみたい」だけだったのに。

麻里子さんは自分の家が日本酒を造っていることを、特に意識しないまま大きくなった。

蔵では釜から煙が立ち上り、朝早くから祖父母や両親、杜氏や蔵人たちが忙しそうに働いている姿は暮らしの一部。まだお酒が飲めない中高生のころから、「手が足りないから手伝って」と頼まれれば蔵で作業したり、直売所で母親の隣に立って接客したりしていたそうだ。

家業を手伝うなかで、お客さんが蔵のお酒を褒めてくれることに喜びを感じるようになったのが大学生のころ。それまでは手伝いをしていただけだった彼女に、「お酒の中身のことを知りたい。勉強したい。お酒を造ってみたい」という気持ちが芽生えた。

「酒造りをやってみたい」と申し出ると、「せっかくだったら、1から造ってみたら」と提案される。

学校がない休日には、直売所で商品の袋詰めや接客を手伝っていた。

飲みたいから造るのではない。

蔵人の手を借りながらの酒造り。全てを自分が担当するというわけではないけれど、「失敗できないというプレッシャー」や「搾ってみるまではどんなお酒になっているのかわからない」という緊張感は相当だったという。

ただ、初めて造ったお酒の印象を「飲んだ記憶がないんです。なめる程度だったんじゃないかな」と思い返す。

申し訳なさを含んだような口調でこう続ける。「お酒を造っている私がこんなことを言っていいのかわからないんですけど……飲まなくても平気なんですよね。できあがったお酒の確認やどんなお酒を造るのか考えるために飲むことはあるんですけど」。

飲みたいから造るのではないとすると、何が彼女を突き動かしているのか。

「造りたいお酒を思い描くところから出来上がるまで、お酒造りそのものが楽しいです。同じお米を使っても、造り手、気候、風土が違うと、同じお酒にならないところに面白さを感じてしまったんです」。

杜氏になることを決めたきっかけでもあり、今も一番楽しいと感じる麹作業は「環境・気温・湿度など、同じ条件で造っていても麹が見せてくれる表情が毎回異なるのが大変でもあり、それが楽しい」のだという。

「飲まないけれど、造るのが楽しい」という感覚。料理を作るより、食べる方が好きな私にはピンとこないけれど、「造るのが楽しい」という感覚は少しわかるような気がする。学生時代に音楽をやっていたころ、15分の曲を完成させるため、半年以上の時間をかけて練習していた。練習時間と比べるとほんの一瞬の本番の煌びやかな時間よりも、一曲を作り上げるまでの何気ない出来事の方が今でも鮮明に思い出せる。完成したお酒を飲むのは一瞬だけれど、造り上げるまでにその何倍もの時間がかかるという酒造りにも、造る時間の尊さがあり、それが彼女のいう楽しさに通じるのかもしれない。

大変でもあり、楽しい麹作業。

ナンバリングする理由。

酒造りそのものへの楽しさが増す一方、自分が一から考えた“自分のお酒”を造りたいという気持ちも湧いてきた。「長年のファンがいる蔵のメインブランド“越生梅林”の味を大きく変えることは難しい」ため、“まりこのさけ”、“中田屋”、“一鞠-hiMari-”という別ブランドを立ち上げて、“自分のお酒”を造ることに挑戦する。

味だけでなく、瓶やパッケージの見た目にもこだわったのは「日本酒を飲んだことがない方でも手に取りやすいように」という想いがあるからだ。自分の名前を付け、現在シリーズ7まで販売されている“まりこのさけ”には、「顔が見える安心感と親しみを感じてもらえるように」と顔写真とメッセージを添え、仕込んだ順に「1」「2」「3」……と番号を振った。

「飲んだあとの空き瓶を順番に並べて、次の年の1本を楽しみにしてもらえるような、そんな日々の暮らしの一コマになれたら」とお酒を飲んでくれる方の日常にも想いを馳せる。

造るのが楽しい、造ったお酒を飲んでもらいたいという麻里子さんの想いは、造ったお酒を飲んでくれる方とお酒を介して対話したいという気持ちへと変化していったのかなぁと感じた。

「長年、蔵のお酒のファンでいてくださっている方にも、1年ごとに成長した私の姿を見ていただけたらいいな」と、麻里子さんはこっそり語ってくれた。

左:専務の徳哉さん(麻里子さんの弟)  右:杜氏の麻里子さん

有限会社 佐藤酒造店

1844年創業。関東三大梅林の一つである越生梅林を有する埼玉県入間郡越生町にて、越辺川の清冽な伏流水を用いて、小さなタンクで手間暇かけて酒造りを行っている。蔵の主力銘柄は「越生梅林(おごせばいりん)」。「越生梅林 大吟醸」(全国新酒鑑評会 入賞)、「越生梅林 特別純米酒」(全国燗酒コンテスト 金賞・Made in SAITAMA 優良加工食品大賞2023 特別賞)、「越生梅林 純米酒」(全国燗酒コンテスト 金賞)などがある。

埼玉県入間郡越生町大字津久根141-1
049-292-2058

■ホームページ 
http://www.satoshuzou.co.jp/

■インスタグラム
https://www.instagram.com/sato_shuzou/

麻里子さんが造った“自分のお酒”

「まりこのさけ」
日本酒初心者の方のために、「こんなお酒を造ってみたい」と挑戦して造ったお酒。現在、シリーズ7が販売中で、シリーズ8を仕込み中。

「中田屋」
復活させた屋号を付けたお酒。女性に手に取ってもらいやすいように、ラベルにもこだわっている。シリーズの中で一番人気は“pink”

「一鞠-hiMari-」
“スタイリッシュでおしゃれなOLさん”をイメージして造った限定流通のお酒。完売しており、現在は生産していない。


■佐藤酒造店のお酒:購入はこちらから
http://www.satoshuzou.co.jp/eshop.html