文:湯川カナ(発行人) 画像制作:十倉里佳
いや、正確には、飲んだら「ほぅ。」と素敵な吐息が出るくらい、好きなのです。でも日本酒そのものではなくて、日本酒につきまとう「日本酒○○感」が、どこか苦手。
まもなく半世紀生きることになります。日本の国酒である(だろう)酒を、どこが苦手なのか、わからないまーまーおわる、そーんなのは、い・や・だ!
……ということで、本当は美味しい日本酒に、なぜか苦手意識を植え付ける「日本酒感」について、考察をいたします。この記事が、人知れず同じ苦しみを抱えている方への一助となりましたら幸いです。
本当は美味しい日本酒に、なぜか苦手意識を植え付ける「日本酒○○感」に関する考察【1/2】
1.代表的「日本酒○○感」の分析
私が「あぁ、この日本酒感が苦手なんだよね……」と思うのは、いわゆる「お酒の席」。現場は、私の場合、だいたい居酒屋です。2人から8人くらいの仲間で、テーブル席を囲んで。
昨今のダイバーシティ思想の浸透により、「とりあえずビールでいいよね?」圧力(ビルハラ?とりハラ?)は低減しました。「じゃ、それぞれ好きなもの選んで~」というゆるやかなムードの中で、各々メニューを開きます。
①日本酒<正解試され>感
メニューを開いて真っ先に目に飛び込む「レモンサワー」「ぶどうサワー」、あるいは「カルピスハイ」「ウーロンハイ」……これらの「味+酒類」の明快さに、目が眩みます。私たちは誰もが、自動販売機でドリンクを買うくらいの気安さで、それを注文することができるでしょう。そして、その注文内容に対して「だっさ!」とけなされることはないし、もし言われても「いや、ほいら、試してみたかってん!」とプライドにかすり傷すら負わせることなく切り抜けることができるはずです。
それでは、通が多いワインはどうなんだ、と疑問に思われるかもしれません。安心してください、居酒屋にあるワインは「赤/白/スパークリング」くらいです。全然タイプが違います。あるいは、珍しく産地やタイプが異なる赤が数種類があるような場合でも、心配はご無用。ワイン界には世界共通で、「ハウスワインを明確に表示する」暗黙のルールがあります。いちばん安いのがハウスワイン、これを頼んでおけば安心・安全。「迷いたい人」は別として、「迷わされること」は、ほぼありません。
さて、日本酒です。価格差が意外と微妙な、しかし産地も造り(?)も違う酒が、並列に記されていて、どれが「ハウスSAKE」かわかりません。そして新潟・京都・高知、吟醸・純米・生酒・ひやおろしと、あらヤダ組み合わせ無限大。誰かから「だっさ!」と思われたらどうしようと内心ヒヤヒヤしながら必死でなんとか一種類を頼み、一息つこうとするや、店員さんから「冷やで? 燗で?」と追い打ちをかけられます。ヒヤ~!
誰か教えてくれ、今日私がこの店で頼む日本酒の正解は何だったんだ?
②日本酒<知識量試され>感
たとえば向かいに座った人が「おっ、ライムサワーあるじゃん」と言ったら、そのひとはだいたいライムサワーを頼みます。サワー及び酎ハイ界では、「発声する→注文する」が一般的のようです。とても健康的ですね。
一方、通ぶりたい人が多い印象のワインの場合。リストを開いてしばし「うーん」と沈思し、「この、ミシオネスを。」(たぶん「を」で終わる)とメニューを閉じながら注文するやまっすぐ私に向き直って「あのね、これチリワインだけどコスパすごくいいんだ。だいたいカベルネなんだけどメルローがあったから、面白いなと思って」と、頼んだワインの説明をするでしょう。「注文する→説明する」、やや面倒ですが、行動としては正常の範疇です。
さて問題は、日本酒です。メニューを開いて「おっ、十四代あるじゃん」と言った人は、なぜかほとんどそれを頼みません。十四代のことは秒で忘れてしまい、「へぇ、東洋美人もあるのかー」を経て、「あ、東一。これわりといいんだよ。佐賀って意外とお米美味しいんだよね」なんかも経て、「おー桃川がある。これにしよっかなー。青森で飲んだときうまくてさぁ」なども通過して、「ま、今日はとりあえず、作からいきますか。あ、これ日本酒好きはガンダムって言うんだよね、ほら、ザク。ね?」でようやく注文という流れです。もし聞いていたのが私じゃなくてアレクサだったら、もう何度も間違えて違う酒を持ってきていたことでしょう(あるいは「すみません、わかりません」とフリーズするか)。
日本酒界の流儀はどうやら、「説明する→注文しない」のようです。これはいったいどういう行動原理なのでしょう。ひょっとしたら、「日本酒に関して知っていることはすべて話さないと罰される」ルールでも存在するのでしょうか。
②日本酒<違いがわかれ>感
これらの難関を乗り越えてなんとか注文が完了し、ついに酒が運ばれてきます。「みんな揃ったー?」せっかちな言葉に、「待って、いま注いでるから!」と返さなければなりません。日本酒を頼んだ人は、場合によってはお猪口に注ぐプロセスが必要となるため、ビールや酎ハイのジョッキを高らかに、あるいはすでにワインが注がれたグラスを小粋に掲げた仲間たちを待たせることになります。和を尊ぶ日本人として、とても焦る瞬間です。
「オーケー? じゃ、カンパーイ!」……できません、日本酒人は乾杯ができないのです。お猪口は、他のお猪口やグラスとぶつけてはいけないそうです。仕方ないから、日本酒の人は、カチャーン! ウェーイ!とやっている輪から距離を置き、一人だけ軽く盃を上げて微笑むことになります。いや別に、こんな「財閥が経営する学園で貴公子と呼ばれる跡取りが、学園が用意したパーティーで庶民の学生たちが喜ぶ姿を満足気に見下ろしている」みたいな真似をしたいわけじゃないんだよ! 違うんだって!! 和を尊ぶ日本人としてとても焦る瞬間、その2です。
そんな焦りをすら乗り越え、ようやく酒を味わう時間がやってきます。くっ。あーおいし。へー、おいしいんだなぁ。これ好きかも。「どう?」 ……キタ! きました。日本酒を頼むと、なぜか味の感想、いや評価を求められます。レモンサワーやビールでは絶対に起きない現象です。ワインもコメントを求められがちですが、ふたりで同じものを飲むことが多いので、評価のタスクとリスクを一緒に背負えます。
でも日本酒は、数人いても、別のものを頼むことが多いよう。頼んでも一人、飲んでも一人。宴席でもなぜかひとりきり感のなかコメントを求められ、「んー、わりと飲みやすいよ」と安直に答えも、相手は満足せず、「ほら、もっと違いを語ってよ」みたいな顔をします。それならばと「一口、飲んでみる?」と訊くと、「あ、私、お酒飲めないので」なんて返ってきたり。飲めないのに、なぜ訊くんだ!
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