“かすじるグリーンカレーうどん”をすすりながら、日本とタイの家族を想う。

文と画像制作:古山 裕基

大切なものは、無くした時に、初めて気がつく

「辛さが恋しい」
日本に帰国して1年が経つが、食事のたびにいつも思う。

とくに、タイ人の妻の実家で食べるグリーンカレーの辛さが恋しかった。その妻は、ちょっとしたタイミングのずれでタイから日本への空路が閉ざされてしまい、日本に来ることができなくなってしまった。わたしは、ひとりで日本に過ごすことになった。タイに20年近く住んでいたわたしにとって、グリーンカレー(タイ語ではゲーンキアオワーン)はありふれた料理だった。

このタイ語を直訳すると、“あまい緑のスープ”なのだ。
しかし、この緑は、熟する前の唐辛子の色であることを忘れてはいけない。
タイでは、プリック キーヌーと呼ばれている。
直訳すると、その形から“ネズミのう○こ唐辛子”と呼ばれている。
小さいのに、とても辛い。
タイ人はこの唐辛子が大好きだ。
大抵の庭に生えている。
妻の家族がつくる料理にもたっぷりと入っている。
グリーンカレーもそうだ。

「辛い、辛い、辛い!」
「もう少し、辛い方がおいしいな」
「皿をとって」
「〇〇さんは、宝くじが当たった」
「牛肉でも、おいしいかも」
「学校で、どんな歌を習ってきたの?」
「鶏肉の方が良いよ」
「タイは夏だけど、日本は春」
「それにしても、暑いな。今日のゲーンは辛い、辛い」
「なぜ暑いのに、タイ人は辛いのを食べるの?」
「……………」

家族、みんなでたわいのない話をしながら、食べていたのを思い出す。

「家族」は大きい。お父さん、お兄さん夫婦、お姉さん夫婦、姪っ子夫婦と食べる。

汁ではなく、汗がたりないんです!

そんな自分が、帰国してからは、辛さを求めて、グリーンカレーを作るようになった。YouTubeには、レシピが紹介され、また、スーパーにはレトルトや缶詰まである。また、ルーも、多くのスーパーで売られるようになった。なかでも、レストランなどに使用する食品を扱うスーパーでは、タイから直輸入したルーが売られている。

わたしも、そのルーを使い、グリーンカレーを作る。
一口目を食べてみた、「おいしいかも」

しかしながら、何かが足りない。
それは、味そのものではない。
それは、“タイの暑さのなか、汗ダラダラで食べる”ことである。
これは、日本では用意できない。
わたしのグリーンカレー作りの情熱も、すこし冷めてしまった。

カレーそうめん

冷蔵庫に放置したグリーンカレー。
それは、やはり、物足りない味だった。
さすがに捨てることはできないので、その日に作った粕汁とともに食べることにした。交互に食べている時に、口の中で、二つの味が重なる時があった。
続けて食べても、違和感なく食べることができた。
そこで、思い切って、ご飯の上に両方をかけてみた。混じり合った状態を食べて見た。疑いなく、おいしかった。

大晦日、料理持参の食事会をした。
「タイ料理を作って」と、皆からわたしにリクエストがあった。トムヤムクン、タイ風焼きそば、などを考えていたわたしに、あのときのグリーンカレーと粕汁の重なった味を思い出した。そうだ! 酒粕グリーンカレーを作ろう!

よく考えると、年越しなので、「そば」。しかし、そばの色は、グリーンにはあわない。それでは、うどんの白ならどうだ? わたしは、思い出した。タイでは同じ白でも、“そうめん”にグリーンカレーをかけて食べることを。

ちなみに、タイでは日本のように麺類を音を立てて、すすって食べることはマナー違反。箸で麺をつまんで、音を立てずに食べる!もしくは、レンゲに麺を入れて食べるのだ。

グリーンカレーとタイの米粉で作られた素麺“カノムチン”

カレーはおかわりすることに決めている

わたしが、はじめてグリーンカレーそうめんを食べたのは、葬式の振る舞いだった。
カノムチンと呼ばれる麺は、米粉でできており、生麺の状態で売られている。
親族や近所の人が総出で大鍋で作ったグリーンカレーの横に、バナナの皮に包まれたカノムチンが置いてあり、お客さんは自分の好きな量を入れてゆく。
大勢に手早く提供するには、お米を炊くより、このカノムチンを用意したほうが便利なのだ。

グリーンカレーは大鍋で大量に作ることが多い。丸いのはタイの茄子。

寺でグリーンカレーを振る舞う。カレーと麺をビニールに入れて持ち帰る人もいる。

「年越し酒粕グリーンカレーうどん」として、わたしは皆に振る舞うことになった。うどんは、評判の製麺屋さんから買った。作るのは、簡単、要は粕汁とグリーンカレーを作り、混ぜれば良いのだ。味見をしてみると、あの時と同じで、やはりおいしい。

しかし、でてきたものを見て、皆は、目を丸くしていた。タイ料理、そして酒粕とうどんの組み合わせに。たぶん、和と洋の折衷料理はあっても、タイと和の折衷は見慣れないからだ。
「よく考えたら、カレーうどんといっしょやな」と一人が呟いたのをきっかけに、食べ始めた。


「カレーに長ネギ!!」
「えっ、このカレーは、唐辛子の緑色か」

ズルズル、チュルチュルチュル

「思ったより、辛くないな」
「俺は、グリーンカレー4、粕汁6の割合でたのむ」
「ココナッツミルク入りのカレーなんて食べたことないわ」

ズルズル、チュルチュルチュル

「酒粕って、存在そのものを忘れてた。スーパーのどのコーナーで売ってる?」
「俺の子どもの頃、じいさんが自分で作ったどろっとしたのを飲んでた」
「酒粕は、米か?酒米か?」

ズルズル、チュルチュルチュル

「油揚げが入ったカレーも悪くないな。おっ、里芋もある」
「今度は鮭を入れたらどうや」
「うどんの代わりに、焼き餅もいけるかも」

ズルズル、チュルチュルチュル

「もういっぱい、おかわり」
「おかわり」
「おかわり」


タイ人向けの辛さでないことが良かったらしく、ピリ辛に酒粕の甘さ、そして出汁の味がよくあったようだ。タイで食べたグリーンカレーは、辛さで汗がダラダラだったが、この酒粕グリーンカレーうどんを食べると、ホッカホッカで、帰りの寒空の夜道にちょうど良かった。その時、なぜか、タイにいる妻や家族と会いたいなとつくづく思った。

左に粕汁の鍋、右にグリーンカレーの鍋

祖母から、母、そしてわたしへ

食べ物は、時代・国そして家族によって食べ方や調理方法が変わっていく。例えば、中国から平安時代に伝来したと思われる「味噌」は、当初は舐めるだけのものであった。それを、わざわざ水に溶かして「味噌汁」として食べるなんて、いつ、誰が思いついたのだろう? そして、今では、味噌汁は、家庭ごとに具や味が異なるメニューの一つだ。カレーも同様に、家ごとに具や味が異なるメニューの一つだろう。タイでは、カオマックという日本でいう甘酒に近いものがある。だから、この酒粕グリーンカレーをタイでも作ることができる。

運が良ければ、タイの我が家で代々、伝授されるかもしれない。
「隠し味は、日本にもタイにもある甘酒!」
「先祖で日本人がいたそうだ」
未来の我が家で、グリーンカレーを食べながら、こんな会話があるとおもしろい。

ところで、
わたしは、あの日、なぜ粕汁を作ったのだろうか?
粕汁を作るのが初めてなら、酒粕を自分で買うのも初めてだった。
最後に粕汁を食べたのは、母が亡くなる前に作ってくれたのが最後だった。
だから、10年近くも前になる。
わたしの家の粕汁には、金時人参、そして鮭が酒粕の白色にまじって鮮やかだったのを覚えている。
しかし、子どものころ、わたしにとって粕汁はちょっと苦手な食べ物だった。
わたしは下戸なのだが、子どもの頃は、敏感に粕汁からお酒の香りを感じていたからだ。
祖父母がお酒好きなのに、父母は下戸という我が家。
母の話によると、わたしは、真っ赤な顔になっていたらしい。
粕汁は祖母がつくる定番メニューだった。
当時は、近所の酒屋さんが、お酒とともに、酒粕を配達してくれていた。
祖母が亡くなってからは、今度は母が粕汁を作っていた。
母が死んでからわかったのは、母が養子であり、祖父母とは血のつながりはなかった。わたしが下戸なのは、母ゆずりなのだ。
そして、いま、祖母から母へ受け継がれた粕汁を、わたしが作っている。
しかも異国のカレーと、混ぜ合わせて。
家庭の味は、亡くなった家族の思い出を、残された家族が積み重ねて、できるのだろう。

コロナの今日、会うことのできない異国の家族を思いながら、懐かしい味作りに挑戦している人がいると思う。そして、そこから新しい味が、世界のあちこちで生まれているかもしれない。おいしくなれば、良いなと思う。



<<終わり>>


執筆者プロフィール

古山裕基(尼崎市在住・1972年生まれ)
古山裕基(尼崎市在住・1972年生まれ)
ウドンとは関係ない、タイのウドンタニ県に移住。下戸。アジア各地の「甘酒」を自宅で作るが、失敗。段ボールハウス造り、狩人、書くことを修行中。