日本酒×旅

兵庫・播磨で、「日本酒バス旅」してみたら。 ―酒どころ・播磨で感じる「時間」―

文:山本しのぶ 写真:川本まい イラスト:清水未生

5分おきに来る電車。10分おきに来るバス。それなりに都会と呼ばれる場所で暮らしていると、電車やバスは、時間を細かく刻むようにやってくる。流れに乗りながら、気がつけば夜。あっという間に過ぎていく日々。お酒を味わう時間も、端に追いやられているみたいで味気ない。ふと、思う。旅に出たいなぁ、時間もお酒も存分に味わってみたいなぁ、と。

例えば、路線バスに乗って酒どころをめぐってみたらどんな味わいがあるのだろう。路線バスはいつも使っているけれど、まったく知らない土地の、本数が限られている路線バスに乗ってみたら、時間の流れも変わるのだろうか。そんなことを思いながら、出かけてみることにした。日本酒を求めて、時刻表とにらめっこしながら。

旅の始まり。変わるスピード。序章は北条鉄道

JR三ノ宮駅から加古川駅まで、新快速で約30分。そこから加古川線に乗り換えて粟生まで約20分。北条鉄道に乗り換える。ディーゼルエンジンを積んだレースバスと呼ばれる一両車両が、播磨平野をまっすぐに伸びる線路の上をエンジンをふかせながら走っていく。さっきまでの新快速とのスピード感と景色の違いにすでに一杯飲みたい気分になる。周りを見渡すと、青々とした稲穂が実った田んぼ。9月の始まり、実りの秋が始まろうとしていた。

兵庫県の播磨地方は、最も知られている酒米(酒造好適米)「山田錦」が生まれた場所。南側は瀬戸内海に面し、北側は中国山地に含まれる。播磨平野が大きく広がり、面積は兵庫県の約4割を占める。山田錦の最大の生産地であり、昔ながらの酒蔵が点在している、「日本酒のふるさと」とも呼ばれている地域だ。

タイムスリップ、あるいは。―米粉パンの香りと駅舎

法華口駅で降りると、まるでタイムスリップしたかのようなたたずまいの木造の駅舎。駅舎の中のパン工房「モン・ファボリ」では、「野条穂(のうじょうほ)」と呼ばれる酒米を使った米粉パンを製造している。「ここから5分ほどの野条という土地で栽培されていた酒米・野条穂を復活させて、それを材料に作っています。レーズンパンのレーズンを炊くのも、同じ野条穂で仕込まれたお酒なんです」と話すのはモン・ファボリの坪井さん。

それだけではない。この法華口駅は「2020年、通勤に使う乗客の利便性向上のため、単線の北条鉄道で行き違いができるように、人手やコストをかけなくてもいい全国初の行き違いシステムを導入して、国土交通省の表彰も受けている」駅だと教えていただいた。ただ昔の面影を残しているローカル鉄道の駅ではなく、そこに同時に最先端の工夫が存在している、時間がふと行き交うような場所だった。

1.米粉と同じ田んぼで育てられた野条穂を使って仕込まれた日本酒「喜縁」。姫路の酒蔵「田中酒造場」で作られている。レーズンパンのレーズンを炊くのもこのお酒。2.モン・ファボリの坪井さん。パン工房の人気もあって、この小さくてレトロな駅舎に年間1万人が訪れるという。3.野条穂の生産を行うのも同じ社会福祉法人。パンは材料からすべて手作りしている。地域の障がい者雇用の場ともなっている。

駅舎工房モン・ファボリ

北条鉄道「法華口」駅舎内
TEL 0790-20-7368
駅舎工房モン・ファボリFacebookページ

法華口駅を出て、神姫バスのバス停を探す。スマホが指し示す位置を頼りに向かうけれど、なかなか見えてこない。差し迫る出発時間。きっとこっちだと早足で向かう。民家の大きな植栽の向こうに停留所が見えたとき、思わず声を上げた。旅の高揚はこんなところにも。

風が吹き抜ける酒蔵で。―創業200年の三宅酒造の「新しい」酒

バス停「中野学校前」で降りて加西市「三宅酒造」へ到着すると、飴色に色づいた杉玉が迎えてくれた。今年の新酒ができた時に吊るしたもので、お酒の熟成具合を表しているという。「ここは、すぐ近くを万願寺川が流れていて、だいたい川向こうが田んぼの地域、こちら側が居住地域というふうに分かれているんです。川向こうは山田錦の田んぼが広がっていて、万願寺川の水で育てられています。うちのお酒も万願寺川の地下水で仕込んでいて、田んぼを潤す水と酒を醸す水が同じなんです」と、この土地の豊かさを教えてくれたのは、7代目の蔵元、三宅文佳さん。2020年に先代の父から創業200年を超える家業を継いだ。「もうすぐ新しい蔵もできて、いままでは冬の時期しか仕込めなかったのが、年間通して仕込んで新酒を出すことができるようになります。新しい杜氏さんもちょうど9月から来られて、いま、酒づくりについても教えてもらっています」。

さらりとした初秋の風が吹き抜ける通路の直売所で、軽やかに歴史を受け継いでいく心構えを感じた。その軽やかな矜持は、きっと三宅酒造のお酒がこの土地のもので作られ、土地の人々に親しまれ続けてきたという事実の揺るぎなさから来ているのかもしれない。

1.直売所を始めたのもここ2年ほど。酒づくりの道具を使って手作りしたという。直売所限定のお酒も試飲できる。2.7代目蔵元の三宅文佳さん。結婚後に2年暮らしたドイツでの経験から、家業を継ぐことに決めた。3.昔ながらの門には、杉玉が吊り下げられている。

三宅酒造株式会社

神姫バス「中野学校前」あるいは「中野」バス停より徒歩3分。創業1819年。
ロングセラー「菊日本」で知られる。地元の九会(くえ)の酒米を100%使って仕込んだ「QA(くえ)」は7代目三宅文佳さんの蔵元としてのデビュー作。地元・九会の土地や気候などの問いに対する答えとして生まれたお酒という意味が込められている。
TEL 0790-49-0003
三宅酒造ホームページ

空白のような満たされたような。―万願寺川のほとりにて

次のバスの時間まであと30分くらい。三宅さんに教えていただいて、近くの万願寺川のほとりまで歩く。さっきまで飲んでいたお酒は、この水で育てられた酒米を使って、この水で醸された。「けっこう酔っ払ったね」、「これが山田錦の田んぼかな」なんて話しながら、先ほど買った酒米パンをかじる。さっき買ったお酒も飲めたらよかったなぁ。次は外で飲みたい。

バスで移動しながらお酒を飲むと、自家用車で行くよりも気兼ねがない。次のバスの時間を気にしながらも、ゆったりと時間が流れていく。早足になったり、ぽっかりと空いた時間が楽しかったり。制限されてるけど、窮屈じゃない。伸びたり、縮んだり、時間というのは「あそび」のあるものだったんだなと、すっかり酔った頭で考えていた。

その土地なり、その水なりのお酒。―富久錦の「手間」

再び神姫バスに乗り、「法華山口」で降りて富久錦へ。併設のレストラン・ギャラリー「ふく蔵」は大正時代の蔵を改築してできたものだ。「社長のお母さんの家庭料理をもとにしている」というランチは、日本酒に合う、シンプルで滋味豊かな味。お酒づくりについて「もともとはもっと大量に洗米して、仕込んでいたんですよ。でも、いまは洗米も少しずつ。仕込みの作業も以前と比べると小さな道具を使って少しずつしています。手間は増えるけど、やっぱり味も評価も変わったんですよね」と話すのは、杜氏の村崎さん。柿渋塗りといった蔵のメンテナンスや簡単な修理くらいは蔵人たちでしてしまうという。

「もともと酒蔵はそういうものだったんだと思うんです。蔵によって使う道具のサイズも違う。自分たちの使いやすい道具を自分たちで作ってたんですよね」(稲岡社長)。

「その土地の水と米があれば酒はできる」と話す社長と、なんでも手作りしてしまう蔵人たちの飄々としたたたずまいに土地の恵みとともに生きていることへの矜持を感じた。

1.戦前の木樽を用いた酒造りも復活させた。酒蔵に残されていた木樽を組み替え、利用している。2.杜氏の村崎哲也さん。本格的な仕込みシーズンに入る前の蔵を案内していただいた。3.「ふく蔵弁当」(2,400円(税別))。地元の野菜をふんだんに利用した料理を提供している。

富久錦株式会社

神姫バス「法華山口」バス停より徒歩5分。創業1839年。
純米酒のみを醸す蔵元。大正時代の蔵を改装した「ふく蔵」で、レストランとショップを開いており、素材を生かした料理の提供と地元文化の発信を行う。酒蔵見学は現在休止中だが、再開を予定している。
TEL 0790-48-2111
富久錦ホームページ

違うから、違う。まるで当たり前のことのように。―龍力が見つけた「土壌」

三たび、神姫バスへ。「法華山口」から「姫路駅北口」まで、50分弱。心地いい揺れに、気づけばすこしうたた寝していた。姫路城を臨む姫路駅前で下車。

駅前のショッピングモール内で、今日の旅の締めくくり、「タツリキショップ」に立ち寄った。タツリキショップは、龍力ブランドで知られる本田商店によるショップ。無料・有料の試飲を立ち飲みバーのように楽しめる。お酒を飲む人と直接交流できる場を持ちたいという思いで作られたそうだ。

ここで面白いお酒をいただいた。ラベルには、土壌の写真とそれぞれの土地の名前。「社」「吉川」「東条」、どこも山田錦の生産地として名高い場所だ。それぞれの土地で作られた山田錦を、すべて同じ作り方で仕込んだものだという。これが、驚くほど味が違い、こんな作り方もあるのかと衝撃を受けた。作られた場所が違うから、味が違う。まるで当たり前のことようで、なんだか不思議なことのようでもあった。

1.有料・無料の試飲を立ち飲みのバーのように楽しめる。蔵元がカウンターに立つこともあるという。2.土壌による味わいの違いを飲み比べることができる3本。3.姫路の駅前にあり、観光の途中や仕事帰りに立ち寄る方も多い。

タツリキショップ(株式会社本田商店)

神姫バス「姫路駅前」バス停、JR姫路駅徒歩3分。創業1921年(本田商店)。
「龍力テロワール」をテーマに酒米にこだわった酒造りを行う本田商店による直販店。蔵で使用する山田錦はすべて兵庫県の特A地区産のもの。
TEL 079-221-3562(タツリキショップ)
龍力ホームページ

再び、変わるスピード。愛しさを抱えて。―旅の終わりに―

旅してきた酒蔵は、どれも個性豊か。それぞれがそれぞれのやり方で、お酒づくりを探求している。でもそれを殊更に主張するでもなく、淡々と、飄々と取り組んでいて、その積み重ねが個性につながっていた。それは、この「土地」で繰り返しお酒を醸してきた「時間」の成せるわざかもしれない。そんなふうに感じた。

旅の終わり。再びJRで三ノ宮まで戻る。新快速がいつも以上に速く感じる。その速ささえ、なぜか心地よかった。たった一日で、すっかり日常から離れ、またこのスピードに乗って日常に帰っていく。路線バスで旅することで、こんなにその地を満喫することができるのかという驚きと、お酒を飲むことで、こんなにその土地を味わうことができるのかという喜び。移動しながら、飲みながら、その土地をゆったりとあそぶように過ごした時間を経て、すっかりこの地が好きになっていた。

旅のMAP

旅の行程

08:45 JR三ノ宮発

09:17 加古川着 JR加古川線に乗り換え

09:20 JR加古川発

09:45 粟生着

10:09 北条鉄道粟生発

10:19  法華口着 駅舎内のパン工房(モン・ファボリ)にて米粉パンを購入

11:46 神姫バス法華口駅前発

11:50 中野学校前着 三宅酒造へ。直売所にて試飲

12:30 万願寺川のほとりでのんびりする

12:54 神姫バス中野発

13:02 法華山口着 富久錦のふく蔵でランチ、蔵見学

15:01 神姫バス法華山口発

15:48 姫路駅着 タツリキショップに立ち寄る

16:27 JR姫路駅発

17:08 三ノ宮着

※2022年9月時点での平日ダイヤの発着時間を記載しております。旅行される際は、最新の時刻表をご確認ください。