日本酒よろずレビュー vol.01

【一条ゆかり「有閑倶楽部」】委ねるな。謳歌しろ。

文:大森ちはる

あの日、小4女児のリテラシーは頬をはたかれた。

「有閑倶楽部」との出会いは、小学4年生。りぼん1992年4月号から3号連続で掲載された「男子禁制殺人事件の巻」だった。当時のりぼんの看板漫画は、「ときめきトゥナイト」「姫ちゃんのリボン」「天使なんかじゃない」。半径5メートル圏内の人間模様と恋愛を主軸とする少女漫画が連なるなかで、「有閑倶楽部」は異彩を放っていた。女子3人・男子3人の高校生6人組が主人公の群像劇なのに、彼らのなかで惚れた腫れたは1ミリも出てこない。

加えて、凡庸な小学生の日常とはかけ離れた“超”がつくお金持ちの界隈で繰り広げられる物語。「男子禁制殺人事件の巻」の舞台は、スイスの「上流階級でも憧れのスパ」という社交界だった。6人は「後ろ指をさしたいならどうぞ、ご自由に」と言わんばかりに、知力・財力・容姿・人脈をすがすがしく享受し、したたかに高貴に半径5メートルの外側で振る舞い、痛快にトラブルを打破していく。コメディ漫画でお金持ちといえば「花輪クン」か「スネ夫」で、どこか揶揄の対象と捉えていた小4女児のリテラシーは、バチコーンと頬をはたかれた。

ちなみにこの話の犯人は、スパの地下に生える「若返りの苔(からつくるお茶)」を研究しつくし、奇蹟の若さと美しさを保つ67歳の「おねえさん」。女性の、人間の、欲深さが詰まった、小学生の手持ちの文脈では掴みきれない筋立てである。でも、そこに惹かれた。そのリテラシーを手に入れたら、小学校の人間関係の窮屈さからも脱せそうな気がしたから。

たむろいながらも、自分で自分のケツを拭く。

「有閑倶楽部」では登場人物の名前を通して、多くのお酒が登場する。例えば主人公6人は、剣菱悠理、白鹿野梨子、黄桜可憐、菊正宗清四郎、松竹梅魅録、美童グランマニエ。作者の一条ゆかりは大のお酒好きなのだそうだ。6人の姓は「キャラクターをイメージしやすいようにと、性格に合ったお酒を考えた」という。

たしかに、不動明王の剣にも由来するという剣菱のあのロゴマークは、スパよりスキーを選ぶ喧嘩好きな財閥令嬢・悠理の豪快さによく似合っているし、スウェーデン貴族の末裔でもあるプレイボーイ・美童のナルシストぶりは、大学生の頃にどこぞやで飲んだグランマニエとカルピスのカクテルの甘ったるい味の記憶とシンクロする。

もちろん、小学生時分はお酒の機微なんて知るわけがない。ただ、有閑倶楽部の6人それぞれから溢れるキャラクターが物語を転がし、「しゃあないなぁ」と毎度たむろいながらも自分のケツは自分で拭いて大団円を迎える展開から、お酒(とくに日本酒)というものは自由でバラエティ豊かで、個々はたおやかに冴えていて、互いに独立的である——そんなイメージがインストールされた。粋のシンボル。

自分で選んで飲む酒は美味いぞ。そんな生きかた。

たぶん母に、「この漫画おもしろい」とかなんとか言ったのだと思う。ある日学校から帰ると、机の上にドンと「有閑倶楽部」のコミックが全巻置かれていた。Amazonも楽天もない時代、近所の本屋さんで買い揃えてきてくれたのだろう。おもちゃや服に対してはガチガチだが、本には財布の紐がゆるい母だった。それでもこども時代を振り返って、特段せがんでもいないうちにバンと全巻渡されたのは、「赤毛のアン」「あしながおじさん」と「有閑倶楽部」だけ。その後も高校を卒業して実家を出るまで、新刊コミックが出るたびに私が何を言わずとも買ってくれた。

この漫画に出てくる男性はみんなどこか、あかんたれだ。主人公に限っても、文武両道で完全無欠に見える清四郎は、人を見下す性格の悪さで何度も鼻をへし折られているし、兄貴肌の魅録はいつでも男ともだち優先のええかっこしい。マメなフェミニストの美童は、トラブル時にすぐパニックを起こして役立たず。そういえば、DEMOくらしの共同発行人・白鶴さんの名を持つ男性キャラクターは、スポーツマンの銀行頭取としてコミック19巻に出てくるのだが、不倫相手のキレ者秘書と一緒に出るレースにゆるふわヘアの奥さんを連れてきてしまううっかり者である。

男に委ねるな。自分で立て。進め。謳歌しろ。

「有閑倶楽部」は、女性に発破をかける漫画だと思う。白馬の王子様を待たない生きかたという提案。自分で選んで飲む酒は美味いぞ、とでも言わんばかりの。

母が何を思って「有閑倶楽部」を渡してくれたのかはわからない。確かめるのも無粋な気がする。私の娘はいま小1。数年後、私の部屋の本棚から「有閑倶楽部」を持ち出してくれることを願う。

「有閑倶楽部」
一条ゆかりによる日本の少女漫画作品。1981年、『りぼん』(集英社)にて連載を開始。以降、数話単位で1つのエピソードが終了する形を採っている。2013年時点では『コーラス』(現『Cocohana』、集英社)誌上で不定期連載中。 Wikipediaより)
本文冒頭の「男子禁制殺人事件の巻」は、コミック13巻に掲載されている。