濃度、自然をコントロールする技術。〜 奈良県・美吉野醸造

1ページ目 : なぜ「吉野の酒造りとは」を考える必要があったのか。
2ページ目 : 酒造りの「こういう考え方」の考え方とは。
3ページ目 : キーワードは「濃度」。点と点が繋がってゆく。
4ページ目 : 自然をコントロールする先人の知恵。

日本酒の美味しさの基準って何なんだろう? 飲み手が、ただ美味しいと思うだけではダメなのかな。

内海  水酛(*8)っていう製法で酒母をつくり、お酒を醸されているんですよね。

橋本  はい。水酛も重要な酒母の一つです。

酒母には大きく分けると速醸酛(*6)と山廃酛(*7)と水酛(*8)が、あります。速醸と山廃って、まぁ近いんですね。結構違いはあるんですけど。でも、水酛ってだいぶん違うんですよ。そうすると幅になりますでしょ。13年ほど前、吉野に僕が帰ってきたときは、日本酒って酸があるとそれだけで(お酒造りが)“下手クソ” って言われたんですよ。

(*6)速醸酛(ソクジョウモト):純度の高い醸造乳酸を添加して、その酸で酵母を雑菌から守る醸造法。美吉野醸造では酵母無添加にすることで、酸と旨味をストレートに表現している。軽やかな飲み口。
(*7)山廃酛(ヤマハイモト):寒仕込みで長期間じっくりと育てる醸造法。米の旨味、甘味、苦味、渋味を最大限に引き出せ、フレッシュな酸からまろやかな酸まで幅広い酸質の味わいを表現している。
(*8)水酛(ミズモト):室町時代に僧侶が創醸した、生米を水に漬け乳酸菌を生み出す製法を基にした醸造法。発酵と醸造の垣根のない時代の酒造り。ヨーグルトやチーズのような「発酵」を感じる味わい。山廃が寒仕込みであるのに対し、水酛は比較的暖かい秋に仕込む。

内海  そうなんですね。

橋本  だから、いい酒じゃない。という評価になってしまうんです。だから、酸が高い低いの一律的な評価軸ではなくて、こんな酸もあんな酸もありますよっていう味わいの幅を提案したくて、僕らは水酛でつくっているんです。

内海  それまでは、美吉野醸造さんもいまどきのお酒造りをされていたんですか。

橋本  はい。酵母を添加してやっていました。でも酸が高いというのは、昔からの傾向としてあったみたいです

内海  酸をいかに抑えるかっていうことに注力されていたんですね。

橋本  はい、そこに美味しさを見出そうと。でも、「なんやろ、吉野の酒造りって」と考えたときに酵母が育ちやすい環境自体をつくるのではなくて、吉野ならではの環境を活かすことを考えたんです。そのとき、酸を抑えないことを選んだんですよ。

キーワードは『濃度』。点と点が繋がってゆく。

内海  「林業って、ものづくりだと思った」ということでしたが、林業からはどういうことを学ばれたんですか。

橋本   吉野林業の考えかたと、酵母添加せずに自然の菌でつくる酒母造りの考えかたが、同じだと思ったんですよ。

内海   考えかたですか。

橋本  吉野の林業は密植林業といって、たくさん木を植えるんです。だいたい他の産地の3倍くらい植えるらしいです。沢山植えると光が当たらなくなるんで、光を求めて上へ上へと細い木がスーッとできる。枝ができても光が当たらないので、枯れてします。だから、節のない木ができる。光が当たらないので、成長も抑制されます。だから、細かな年輪幅の木ができる。その中で、より真っ直ぐな木を残して間伐してゆく。そして、均等で細やかな年輪幅の木をつくってゆくと聞いています。それが、酒母の考えかたと一緒だと思ったんです。

内海  どういうことですか。

橋本  つまり、自然をコントロールする技術って、濃度でコントロールするしかないんじゃないかと。

内海  密植林業の考えかたと、酒母やもろみの濃度を高めて発育をコントロールするところが、一緒。

橋本  ビニールハウスに肥料って、ウチでいうサーマルタンク(*11)なんですね。ところが、自然の中のこういう斜面ですと肥料も与えられないですよね。いろんな形状の斜面がある。そんな中で、同じ特徴のものをつくるのって、自然をコントロールする技術がないと無理だと思うんです。

(*11)サーマルタンク:酒造りを円滑に進めるために仕込みの桶の代わりに開発されたもの。発酵をコントロールする温度調節などに優れている。

内海  密植の濃度ということですか。

橋本  はい。枝がないっていうのも自然じゃないし、真っ直ぐな木が立ち並んでいるのも自然じゃない。真っ直ぐ育ちやすい杉の性質を利用して、桶樽をつくるためのモノをつくっている。

内海  そのものの特性を知って、環境を生かしつつコントロールする。

橋本  はい。自然を利用するところや、自然と寄り添うというところが、非常に酒造りとにていると思いました。「こういう味の酒を造りたい」ではなくて、「こういう考えかたで酒造りをしたときに、どういう味になるか」っていう酒造りをしたいんです。

目に見えない菌や酒母の話しもこうして吉野杉の森を目の当たりにするとなるほどと思う。
日々の生活や出会いの中で、ふと「やっぱりそうだよね」と改めて感じることがある。
それは、違う視点でみた自分の考え(知識や経験)が確信できたとき。
そっと背中を押して貰ったような気持ちになれる。
酒造りと林業の共通点って、そういうことなのかなと思った。

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