日本酒よろずレビューvol.02

【映画「STAND BY ME ドラえもん」】そして出来杉は、呑んだくれた。

文:大森ちはる

お酒が出来杉くんを緩ませる。

2014年に公開された映画「STAND BY ME ドラえもん」の終盤に、こんな一幕がある。

大人になったのび太くんと静香ちゃんの結婚式前夜、ジャイアン宅で(スネ夫が言うところの)「独身最後のパーティー」が開かれる。子ども時代のジャイアンの部屋を思わせるザ・昭和な和室で、ちゃぶ台の四方を囲む(奥から時計回りに)ジャイアン・スネ夫・のび太くん・出来杉くん。当然のように、ジャイアンが上座、のび太くんが下座に腰を下ろしている。ジャイアンとスネ夫の足元には、無数のビールの空き瓶。シーンは、スネ夫が「カンパーイ!」とグラスをたいらげ、「明日が結婚式だなんてまだ信じられないや」とのび太を指差すところから始まる。デレデレと締まりのない顔をするのび太くんの奥に、心なしか目がとろんとした出来杉くんの姿。

目を瞑り、出来杉くんは言う。「僕らのアイドルだった静香ちゃん」。そのまま節目がちに「とうとう野比くんと結婚するのか」と続けたと思ったら、一転凛々しい表情に切り替えて「幸せにしてあげてくれよな」と、手元の日本酒『静御前』をとくとくとのび太のグラスに注ぐ。酒瓶をトンと卓上に戻すなり、今度は下を向いて「できれば僕が幸せにしてあげたかったぁー!」。吐露しきると、穏やかな表情で天井を見上げる。そして、物憂げに「でも、あなたは何でもひとりでできるからって」と手酌。

手酌する姿の奥では、ジャイアンが目を見開いたり眉をしかめたりしている。さながら客の話に合わせて瞬間芸で表情を回転させるスナックのママのようだ。一席を終えた出来杉くんは、注いだお酒に口をつける間もなく、眠りの世界へ。そして、ジャイアンがのび太に向かって「オイこら、のび太」と喋りはじめる……

たゆたう心情に身を任せたくて、日本酒。

ビールは、「今ココ」なお酒だ。ビールの炭酸が喉に与える身体的な刺激は、からだを離れて過去や未来やあの場所へと浮遊していた思考・心情を一気に「今ココ」に引き戻す効果がある。それが、「プハーッ!」な爽快感にもなるのだろう。

ときに、「今ココ」からずんずん離れて、ずぶずぶ想いに耽りたいこともある。炭酸の刺激はいらない。「今ココ」に縛られたくない。いったん今は、緩ませて。そんなときに寄り添ってくれるお酒が、例えば、日本酒。

社会生活は「今ココ」の連続だ。『ドラえもん』における常識人の権化・出来杉英才(できすぎ ひでとし)は、大人になっても、きっと息するようにそつなく「今ココ」を生きている。問題にならないうちに芽を摘み、問題が起これば対処し、選択肢の手綱はいつも手中に。そうやって生きてきたし、これからも生きていく。

それでも、どうにもならないこともある。想い続けてきた静香ちゃんが、いよいよ自分じゃない人と結婚してしまう。しかも、野比くん。

源静香(みなもと しずか)を連想せずにはいられない日本酒『静御前』に身を任せて、出来杉くんはしばし、「野比くんと結婚する静香ちゃんを祝福する」という対処をした「今ココ」から離れた。対外的に蓋をしてきただろうし、もしかしたら本人でさえ看過してきたかもしれない「できれば僕が幸せにしてあげたかったぁー!」の欲望を人前で、口に出した。

「静香ちゃんを諦める」と「諦められない」の拮抗。諦めようと思って諦められる程度の恋心ではなかったから、この映画の制作陣は出来杉くんに日本酒を持たせたのかもしれない。ビールではなく、あえて。諦めるためには、「今ココ」を離れて、「諦められない自分」がいる遠くに行かないといけない。「諦められない自分」にも言い分はある。その溜まりに溜まった言い分を受け止めることが、折り合いのスタートになる。

成熟って、「諦める」とうまく付き合うことかもしれない。

翌日、出来杉くんはきっと何食わぬ顔で、静香ちゃんのウエディングドレス姿を祝うのだろう。一抹の「できれば僕が幸せにしてあげたかったぁー!」を内に抱えながら、その「諦められない自分」と肩を組んで。

「諦める」と「諦められない」は、「あちらを立てればこちらが立たず」ではないと思う。諦めるけど、諦めない。諦めずに、諦める。両者のダイバーシティを尊重しながら、「今ココ」では諦めつつ、ときに「諦められない自分」を自由にはびこらせるのも——やけ酒するのもオツじゃないか。そうやって「諦める」と「諦められない」が熟して境界が一緒くたになった人は、なんだか重厚で色気がある。

いつか、出来杉くんがカラッとビールを飲みながら静香ちゃんの思い出話を語れる日が訪れますように。

執筆者プロフィール

大森ちはる(神戸市在住・1982年生まれ)
大森ちはる(神戸市在住・1982年生まれ)
夫とひよこ(娘・4歳)と3人暮らし。2017年春、新卒以来10数年勤めたシステムエンジニアの仕事を離れました。機嫌よく気前よく、生きたい・書きたい・働きたい!