日本酒好きな大人たちの「若者だった頃」。

モテたくて、カクテル。 〜日本酒育ちの畳店3代目の場合〜

文:大森ちはる

いつからが「大人」なのか。その定義はいつまで経っても難しいけど、敬意を込めてそう呼びたくなる人は確かにいる。そんな「大人」で日本酒を愛する方たちは、どんな若者だったのだろう。お酒も仕事も恋も、しょっぱいも甘いも。全部含めて「若者だったころ」、聞いてみました。

前田敏康さん
株式会社前田畳製作所 代表取締役。祖父が三木市吉川で創業した畳店の3代目。現在は本社を神戸市兵庫区に構えているが、創業地も三木店/工場として稼働中。
http://www.maeda-tatami.com
災害時に全国の畳店から避難所に新しい畳を無料で届けるプロジェクト「5日で5000枚の約束」の発起人・事務局長でもある。

【バブル崩壊前夜】京都/一人暮らし/大学生/カクテル

夜な夜な集まってはビリヤードやテーブルサッカーに興じ、食べ放題のピーナッツを剥きながらカクテルを飲み、何かにつけてディスコに繰り出し、クリスマスディナーは数ヶ月前から気合を入れて予約する……そんなバブル時代に大学生をやっていました。

ソファー(カウチ)に寝そべって怠惰にテレビやレンタルビデオを観る「カウチポテト」が、家でのオシャレな過ごしかたでね。僕も流行のカウチポテト族になりたくて、飲みもしないのに、黒い棚(かっこいい家具といえば黒色でした)にリキュールを何本も並べていました。シェーカーまでは持っていなかったけど、彼女にカルアミルクをつくったりしていましたよ。

「モテたい」「かっこよくなりたい」が行動のエンジンでした。雑誌『Hot-Dog PRESS』で特集されたデートマニュアルを読み込み、かっこいい先輩の服装や立ち居振る舞いを真似して。ソルティードッグやジントニックなど横文字のお酒ばかり好き好んで飲んでいたのも、「おいしいから」ではなく「かっこいいから」。大人の手習い期間ともいえたあの当時は、自分のポリシーなんてものはまだなくて、ずっと背伸びをしていた感覚です。

でも、あの執着は無駄じゃなかった。新卒で銀行員を3年したのちに実家の畳店を経て、畳の販売店としていっとき独立したんですが、一番役に立ったのは、あの頃に「どうしたらモテる/かっこよくなれるだろう?」と研究・開拓しまくった経験。「どうしたら何の後ろ盾もない若造の話を聞いてくれる/商品を買ってもらえるだろう?」って。「◯◯銀行」の看板でどこでも迎え入れられた営業ノウハウは、ほとんどまったく使いものになりませんでした。

【幼少期】田舎/長男/親戚/日本酒

そんなこんなで大学時代はカクテル一辺倒でしたが、それまでもっとも身近にあったお酒は日本酒でした。

実家は、兵庫県三木市吉川。日本酒好きな方には酒米・山田錦の産地でお馴染みかもしれませんが、まあ一言でいえば「田舎」です。父が日本酒党で、実家には常に一升瓶がケース(6本入りの通箱)でありました。そして、法事にしろ、地区の寄り合いにしろ、人が集まるところに日本酒あり。僕が結婚式を挙げたときも、我が家に親戚が集まって朝から飲んで、結婚式場に到着したときにはすでに、僕、できあがっていましたから。

そういう地域、そういう時代だったんですよね。僕は小学校に入った時分から、法事のあとの会食で大人たちにお酒を注いで回りながら、年に1回、数年に1回しか会わない親戚に「前田家の長男です」と挨拶していました。お酒の席で挨拶することで一人前の男として扱ってもらえる、そんな文化。「扱ってもらえる」と言いましたけど、別段うれしいことでもなかったかな。めんどうくさい気持ちが大きかった記憶があります。

ちなみに、ゆっくり座って飲み食いしているのは男性ばかりですよ。女性陣は割烹着をつけて配膳に片づけにせわしないのが常。イマドキの若者にはぎょっとされる価値観かもしれません。

【仕事後の一杯】味覚/晩酌/飽きない/一升瓶

大学時代をはさんで、卒業後に勤めた銀行で日本酒に「再会」しました。かわいがってくれた先輩が、日本酒好きだったんです。先輩や上司と仕事後に一杯やるのが、僕はすごく楽しくて、もう毎日のように連れていってもらいましたね。お酒を飲む理由が「おいしいから」になったのも、「仕事後の一杯」のおかげです。会話が楽しくて、お酒がすすむ。その一杯がおいしくて、また楽しくなる。

元来、お酒に強い方ではありません。だから、失敗もたくさんしました。電車で寝過ごして新開地と梅田を往復したり、酔い潰れて植え込みで寝ていたことも。出勤したら窓口担当の女性に「ネクタイが昨日と同じ! また帰ってないんでしょう!」と叱られた、なんてことも一度や二度ではありません。でも、失敗の後悔よりも「楽しい」「おいしい」が勝って、ほとぼりが覚めたらまた失敗を繰り返す……の連続でした。

令和のいま。50代。時代のせいなのか、たまたまなのかはわかりませんが、当社の社員は職人も含めて、あまりお酒を飲みません。だから、最近の「仕事後の一杯」は、おもに家での晩酌。昔、瓶ビールの販促(だったと思います)でもらったガラスコップがマイ酒器です。伝わります? ちょうど1合ほど入る、メーカーのロゴが印字されているやつ。

コップ酒で1〜2合、が毎日の晩酌量。貰い物の焼酎やウィスキーも飲みます。でも、毎日飲んでも飽きないのはやっぱり日本酒。好きなわりには銘柄に疎いし、オシャレな味やラベルに気おくれするので、自分で好んで買うのは、ザ・食中酒なオーソドックスな日本酒です。持ち帰りスタイルは、一升瓶をそのまま手に持って。一升瓶を入れるのにちょうどいい袋がなかなか見当たらず。マンションのエレベーターで誰かに会うと、「飲兵衛じゃないですよ」と心のなかで言い訳しています。

「なぜ日本酒なのか」とあらためて聞かれると答えに窮しますね……うーん、和食、とくに魚料理に合うところでしょうか。刺身が好きなんですよ。刺身と日本酒って、素材と素材、みたいな感じじゃないですか。シンプルで、旨い。いいですよねぇ……と言いつつ、カレーやシチューにも日本酒を合わせるんですが(笑)。

日本酒は、飲みたい分量だけ注いで飲めるところも好きです。一口飲んでほっとしたいなと思ったら、コップ半分注げばいい。缶モノだと開けたが最後、そうはいかないでしょう?