日本酒x旅

古き良きは、ノスタルジックなだけなのか?


テクノロジーの進化。デジタルとアナログ。こういったフレーズを耳にすると、フォトグラファーである私は、やはりカメラのことを思う。撮るという行為だけでいえば、今はもうスマホで簡単に誰でも撮れる時代。フィルムカメラが流行ったりもするけれど、フィルムは手間とコストがデジタルよりもかかる。それでもフィルムカメラの存在がなくならないのは、人がノスタルジーに惹かれるからだろうか。
剣菱酒造の酒造りには、「古き良きやり方」が多く取り入れられているという。時代の流れとともに進化するテクノロジーと向き合いながら、なぜ今も昔ながらの酒造りを続けているのだろうか。もしかしたらノスタルジーでも保守的でもない、古いものが現代に引き継がれるヒントがあるかもしれない。剣菱酒造株式会社 代表取締役社長 白樫 政孝さんにお話を伺った。

文・写真:川本まい

造りたい味がある。そのための最適解が、木製道具だった。

白樫さんは子供の頃から、王道とは少し外れたものが好きだったという。学生時代も吹奏楽ではなくあえてジャズを選び「中学生だった私は大人が書いた譜面をもっとカッコよくなるようにと思ってよく書き換えていました。反抗期と思われないように気を付けて、理屈も交えながらながら。おかしいでしょ」。

2017年に家業を継ぎ、剣菱酒造株式会社の社長に就任。同時期に浜蔵(剣菱酒造の酒蔵の一つ)に、酒造りに使う昔ながらの道具を作る木工所を建設した。「剣菱酒造を継ぐかどうか悩んでいた大学3年生の時、灘五郷の酒造組合が行う酒蔵コンサートがあり、音楽をやっていた私は気軽な気持ちで遊びに行くことにしたんです。そのときに初めて、他メーカーと剣菱酒造のお酒の飲み比べをしたんですが、率直に『うちのお酒、他と比べてだいぶ変わってるな、今流行ってないやろうな』と思いました」
創業から500年にわたって受け継がれてきた、剣菱の味。流行りの味とは異なる味わいを造り続けるという決断は、もうオーナー社長でないと難しいかもしれない。「伝統を守りたい」というより、「一軒くらい、『流行っていない味』を造り続ける蔵元があってもおもしろいじゃないか」のスタンスで、最初から流行の味を造ることに全く興味を持たずに、酒造りの世界へ入ることに。その後、酒造りを勉強していく中で、求める味を造るために必要な木製道具の作り手が途絶えかけていることに気づき、木工所を建設。古いものを守っていく保守的に見えたこの動きは、剣菱酒造さんにとって自分たちが造りたい味わいを具現し続けるための“攻め”の試みだったのかもしれない。

酒造り。この道具でないとできない“何か”。

時には、現代の技術を取り入れて同じ味を再現できるかの研究を繰り返しながら昔ながらの酒造りを続けられているという。論理的ではないことはしたくないという白樫さんだからこそ、古くから伝わる木製の道具もノスタルジーなどではなく、全て科学的な根拠があり使われている。今も使用されている木製道具はその研究を経てもなお、良しとされてきたものだ。

甑(こしき)


暖気樽(だきだる)


また、道具の他に酒造りを記録する手段について目を向けてみると現代では、数字や分析値、映像などがある。しかし現段階では、匂いや肌触り、色味などを記録するには人の脳と経験でないと難しいという。最近は甘味センサーなどがあるものの、それでもやはり目指したい味わいからずれてしまう。「できたお酒を飲む人は機械じゃない、だから味を調べる人も機械じゃない方がいいだろう。どのような味わいを目指しているかによっても異なりますが、現段階では人の経験値を重要視し、不安定なものに対して不安定な方法で調べる必要もあるのではと考えています」。

写真の世界を通して考えてみると、不安定なものというのは色の見え方のことかもしれない。昔は、プリントしたものが完成された写真として見られていた。しかし、今では写真はデータとしてスマホやパソコンなどで見られることが多くなり、撮影者が本当に見てもらいたい色で世の中の人に見てもらえているのかが分からない。撮影者がパソコンのモニターをカラーキャリブレーションして写真の色味を調節していたとしても、見る側の環境やデバイスの色が合ってなければ意味がないのだ。写真家が作品を写真集にまとめたり、プリントして展覧会を開くのは、自分の意図した色味を正確に表現し、届けたいという気持ちがあるからなのだろう。

「古き良き」が最適解だとして、そこに息詰まりはないのか?

剣菱酒造の理想のお酒は、今も昔も変わらない。その味に向けていかに、平均的に高得点をとれるかどうか、そのために解決すべき問題点をその時代、その時代で潰してきた。だから時代が進めば問題点が減ってくる。「500年たった今、もう変える必要がない」そう言えるほどに問題点がなくなってきた今、剣菱酒造にとって何がモチベーションとなるのだろうか。
「何か新しいことをしたいという欲求は、自分にしかできないことをやりたい気持ちから始まるのではないでしょうか。私たちは、剣菱でしかやってないことをやっている。その時点で、日本や世界中でうちの社員でないと出来ないことばかりです。それがモチベーションになっているのでは、と思っています」
現代の技術でも理に叶っているのかどうかを検証しながら、良しとされてきた木製道具。その当時に最適解を考え抜かれて誕生したということを何年もかけて証明し続けているようだ。それは保守的でもノスタルジーでもない、先人たちの求める味わいに向けた攻めの姿勢であり、プロフェッショナルなのだ。
フィルムカメラが使われ続けていることも、自身の撮りたい写真を追求した先にあるのだと考えると興味深く感じた。そして、その手法で高いクオリティーを維持できたとしたら、それは本物と言われるものになるのかもしれない。


浜蔵にある木工所