2ページ目 : 酒造りの「こういう考え方」の考え方とは。
3ページ目 : キーワードは「濃度」。点と点が繋がってゆく。
4ページ目 : 自然をコントロールする先人の知恵。
「こういう味の酒を造りたい」ではなくて、「こういう考え方で酒造りをしたときにどういう味になるか」っていう酒造りをしたい。
お酒造りの知識もなく、専門用語も知らない。
だけどお話をきいてみたいという好奇心を抑えきれず、付け焼き刃の知識で挑む。
結果、「どういうことですか」「どういう意味ですか」と杜氏、橋本さんを質問攻めにする。
酒母ってなに? 吟醸香って?? 初めてきくことばの連続。「造っている感じがする」ってどういう意味なんだろう。
内海 東京農大の醸造学科で学ばれたと記事で読んだのですが、そのころからこの道に進もうと考えていらっしゃったんですか。
橋本 どうでしょうね。いくもんやという感じでいったんで。卒業してから灘の酒蔵で、3年間つとめさせてもらったんですが、そこで初めて酒造りの意味というか、おもしろさがわかったんです。その蔵では、いまどきの酒造りの考えかたからちょっと違う考えかたをされていたんですね。僕らは、酵母の研究や、酵母があるときの酒造りのアプローチについて、「この酵母やからこの仕込み配合にしたらいいよね」とか、「こういう温度の経過にしたらいいよね」ということを学んできたんです。
内海 大学時代は、現代のお酒造りを学ばれていて、蔵で酒造りにたずさわるようになり、それとは違う考えかたとか、アプローチがあることを知った。
橋本 はい。僕らは、4年間かけて「これが美味しい酒ですよ」「こうしたら美味しい酒ができますよ」っていう“美味しさ” について学んでくるので、そこから初めて飲んだときに衝撃を受けましたね。
内海 衝撃ですか。
橋本 まあその、温度帯もそうですし、こうしないといけないこうしないといけないと学んできて、それと真逆のことをしてはったという時もあったし。真逆というのは違うかな。「え! こんなことしてもいいんですか」みたいな。それで、出来上がったお酒を飲んだとき、必ずしも美味しいとはいえないわけです。自分の知っている美味しさではなかったという。「美味しいっていうのは、ちょっとわからへんけれど、好きかもな」みたいな感じ。吟醸香(*4)もないし、酸も高いし濃いし、「これって美味しいのかな?」って思いながら「あ、でも、好きかもな」っていうのが、ぼんやりあって、3年間酒造りをさせてもらう中で、最初はギャップがあったのが「ああ、だからこの酒になるんや」と最後に腑に落ちたんです。
(*4)吟醸香:高度精白米を用いて突きはぜ型の麹をつくり、もろみを低温発酵させた吟醸造りの清酒にでる果実様芳香。
内海 蔵での酒造りの中のどういうところにおもしろさを感じたんですか。
橋本 “造ってるって感じ”が、するんです。
内海 “造ってるって感じ”ですか? では、学校で学んだことと違う一番のおもしろさというのは。
橋本 酒母(*5)造りです。この中心に置いている酒母の考えかたが、全く違いましたね。大学で学んだのは、添加した酵母菌を純粋培養する餌としての酒母造り。対して、自然にいる酵母菌(蔵つきの酵母菌)を選別する意味合いも含めたいわば“フィルター”としての酒母造り。酵母を選別するために過酷な環境をつくるという意味合いが、僕には新しく感じられたんです。もともと酒母は、酵母を添加しない時代に、弱い酵母を自然淘汰するフィルターの役割をはたしていたんですよ。
(*5)酒母シュボ=酛モト:大きな樽でお酒を仕込むためのモトになるもの。発酵に必要な「酵母菌」を小さな桶で育てたもの。
内海 酵母が“子ども”で、酒母が“お母さん”にあたるわけですね。
橋本 酵母菌を添加する場合、例えば日本醸造協会が全国の酒蔵に提供している培養酵母を添加するとして、酵母を増幅させて育てるための餌としての酒母がある。でも培養酵母を添加せずに蔵つきの酵母で造る場合、お酒造りに適した酵母菌かどうかわからないので選別する必要があるんです。
内海 どうやって選別するんですか。
橋本 酒母の濃度を高めるんです。そして、その濃度に耐えられる酵母だけを残す。スパルタ教育ですよね。厳しく厳しく育てることによって、自然淘汰してゆきます。ウチの酒造りの根底には、灘の酒蔵で経験した学びがあって、“吉野の酒造り” について考えていったときに、「こういう酵母をつくったらええやん」とたどり着いたんです。
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