日本酒、どう楽しんでる? vol.01

「愛してる」より晩酌。

文:桂知秋  画像制作:松本苑子

日本酒、どう楽しんでる?
このシリーズをはじめるにあたって。

「微生物で発酵」というだけでも、目には見えない世界の奥行きを感じさせてくれる日本酒。さらに、デザインも自由で個性豊かな瓶のラベル、そこに書かれた精米歩合、酒米の種類や、「生酛造り」「無濾過生原酒」という言葉たちは、酒蔵ごと、銘柄ひとつひとつに造りの違いがあるんだろうなと気がつかせてくれる。そしてその無数の味わいを想像するだけで私の胸は踊る。

そんなふうに日本酒にどっぷり魅了されているにも関わらず、日本酒のことをいつまでたっても遠い存在に感じていることに、はたと気がついた。もしかしたら奥深く感じるからこそ、「わからない」という壁が立ちはだかっているからかもしれない。好きになった人のことを知ろうとすればするほど、わからないという事実が追いかけてくる時のように。

もっと知りたい、そうは思うけれど、これまで音楽は雑誌や歌詞カードを熟読することもなく、料理もレシピ通りにつくったこともないような私が、日本酒の製法や配合なんかを深堀する道のりは険しい。

でもそんなことしなくても、もっと軽やかに、ご機嫌に、日本酒と付き合っている人はいるはずなんじゃないかな。そんな人たちにどういうお付き合いをしているのかを聞いてみたらどうだろう?もしかしたらそこから私なりの日本酒の楽しみ方を深めていけるかもしれない。

そんな私のほんのりとした望みとともに始まったのが、このシリーズです。これから、自分なりにご機嫌に、日本酒と付き合っている方々を見つけて、お話を伺ってみようと思います。

第一回目の今回は、当メディアの編集部員。お酒は舐める程度の下戸だったはずなのに、いつの間にか旦那様と毎晩のように晩酌している、という彼女のお話を聞かせてもらうことにしました。

終わりかけの夫婦関係、と思っていたのに。

「夫と晩酌をするようになっていつだったか、夫が子供たちに『あ、ご飯終ったの?じゃあもうあっち行っていいよ。ここからはお父さんとお母さんの時間だから。お父さんはこの時間が好きやねん』って言ったんですよね。私、それがめちゃくちゃ嬉しくて」。

ツートンカラーのヘア、すごく呑みそうって言われるさばさばした口調、学生時代から友人に恋の話をするのが苦手だった、という彼女が、照れながら話してくれたのは、夫婦での晩酌時間がもたらしてくれた、思いもよらない出来事。

「それまでは、私のしていることに夫は興味がなくって。結婚して8年が経つけど、どうして私と結婚したの?ってずっと思ってました。離婚が頭をよぎったこともあるけど、それも大変だしなあと思うと、だんだんと夫のことはATM扱い、夫婦ってこんなふうにだめになっていくんだなあって思ってました」。

「お酒を楽しむってこういうことかあ!」

最初はこんなはずじゃなかったのに、いつのまにかなんとなくすれ違っていってしまう関係性。私にも身に覚えがあるし、その修復はなかなか難しい。そんな関係の二人がどうして晩酌をするように?といっそう身を乗り出して聞いてしまう。

「もともとは1人で夜中にちびちびと呑むだけだったんですけど、DEMOくらしの企画で私が日本酒を呑むようになって。精米歩合っていうのがあるんやって、とか言いながら呑んでたら、俺にも呑ませてよ、って夫が言って。それから呑み比べたいから色々買ってきて、前のと比べてどう思う?とか会話するようになったんです。それで、母の日に夫がお酒をプレゼントしてくれました。誕生日とか母の日なんてどんどん適当になってきてたのに、わざわざ買ってきてくれたから、じゃあ一緒に呑もうかって晩酌をしたんですよ。それが始まりかな」。

そこから、家の食卓にも変化が訪れた。育ち盛りの子供達が喜ぶようなカレーや丼ぶり物をどーんと一品が定番、だったのが、お酒をもっと楽しみたいから、アテが一品増え、二品増え、気がつけば夫婦ともに晩酌の時間が待ち遠しくなってきたという。

「ああ、お酒を楽しむってこういうことかあ!!って。今まで私の中にはなかったことだから」。

初めて聞けた夫の「へえ」。

”食いしん坊で料理好き”が作るアテ。なんて言葉を聞くだけでもお酒が進みそうだなあと想像するのは、私が飲兵衛だからだろうか。「自分が食べたいから」どんどん進化していくアテは、これまで置いてきぼりにされていた”夫婦の会話”もおまけに連れてきた。

「それまでも話をしないわけじゃなかったけど、帰ってきた時に流れ作業の中で子供の話をする程度。座って真面目な話をしたいなと思う時もあったけど、お前の言うことはめんどくさいって言われて話にならなかった。私がやっている親子の場づくりとかにも関心なさそうだったし。でもお酒を呑んでゆっくり話したら、へえって共感の言葉が出てくるようになって。おもしろいならええやん、って。どうも前からそう思ってたみたいだけど、口にしないから私には分からなかったんですよね。私に興味があったんだ、ってびっくりしました」。

そんな時、出てきたのが冒頭の旦那様の言葉。「私に、じゃなくて、子供に言ってるのがまたぐっときて。私にとっては”愛してる”より嬉しかった」。

普段、感情を出さない旦那様の何気ない一言が、これまでどうにもこうにもならなかった夫婦関係に風穴を開けてくれた。昔の仲良し夫婦の代名詞、「チャーミーグリーン」のCM夫婦みたいなどこでも手をつなぐような夫婦関係は興味ないけど、「”一緒にいて楽しい”っていうのが私が一番欲しかったことかもしれない」。嬉しかった気持ちは恥ずかしくて伝えられてないんですけどね、とこそっと教えてくれた後に、「でも」と続けた。

「これどんな夫婦が真似してもうまくいくわけじゃないとは思います。それまでの積み重ねとかもあるだろうし。何より、私が楽しんでるのが夫にも伝わってるんでしょうね。関係性を良くするためにと思ってやってたらまた違ってただろうな」。

今や晩酌のない生活なんて。

今は晩酌で体重が増えてきた旦那様のために、鶏胸肉のハムを仕込んで、もっと美味しくならないかな、と(もちろん食いしん坊の自分のためにも)工夫するのが楽しいそう。晩酌を介して、相手のことを想像したり、料理に一手間加えたり、いろんな時間が生まれているんだろうな、とこちらまでワクワクする。

「夫の実家の庭にたくさんミントが生えていて、新婚旅行のスペインで呑んだモヒートを思い出して作ってたら夫がちょっとちょうだいよ、って飲みながら、スペインで飲んだやつおいしかったよなあって言ったんですよね。この人ちゃんと覚えてるんや、って嬉しくって。それで、日本酒でモヒート作っても美味しいなあって二人で発見したりしてね。あの頃はお酒デートしない二人だったからスペインも一切夜の街を出歩かなかったけど、今はこうして一緒にへらへらしながらお酒呑んで食べるのが楽しいから、今行ったらあの時とはまた違う旅の楽しみ方があるんやろうなあって話してます」。

なんと晩酌をはじめたことが、こんなところまで広がるなんて。でもこれからも、この晩酌時間はきっと続くんだろうなあ。私がそう呟くと、嬉しそうにうなずきながら答えてくれた。

「晩酌がない生活がちょっと想像できなくなってるもの。45歳でこういうお酒の楽しみ方をやっと知ったから。若い時は取り戻せないけど、また違う楽しみ方あるんやろうなって。だから続くんんじゃないでしょうか。舐めるように、だけどね」。

執筆者プロフィール

桂知秋(神戸市在住・1978年生まれ)
桂知秋(神戸市在住・1978年生まれ)
英字情報誌スタッフ、地産地消活動団体の広報、三姉妹の母、フリ−ランスのデザイナー、なんかの通り道があるけれど、呑んで・食べて・暮らすこと、がいつも人生の真ん中。