蔵開きは儀式か。宴か。 〜 2020年秋 白鶴酒造「酒蔵開放」オンライン〜

文:大森ちはる

「ちゃんと」と「ラフ」のあいだ。

毎年4月と10月に開催されている、白鶴酒造の蔵開きイベント「酒蔵開放」。DEMOくらしも、そのお祭り模様に何度か交ざってきました。(画像クリックで記事を読めます)

2020年はコロナ禍で春は中止、秋もないのかなと思っていたら、10月10日(土)に「酒蔵開放」史上初のオンライン(YouTubeライブ)で開催すると発表が。

10:00~18:00の長丁場と聞いてイメージしたのは、いわゆる結婚式の披露宴のような、入念なリハーサルのもと台本どおりに進行される「ちゃんと」したイベントでした。なんでだろう、「伝統ある業界」の「大きな企業」が踏み出す新たなステージだから? 

でも、当日おちょこ片手に画面越しに参加してみると、ほとんどまったく披露宴然としていない。結婚式でいえば二次会の雰囲気。終始気負いを感じさせない(当然あるのだろうけれど)、いい意味で「ラフ」な進行に、意表を突かれました。

画質や音声が乱れても、現場は鷹揚と構えている……ように画面越しに見える。「それくらいはまぁええやん」とお酒がもたらすきっぷのよさも、ゼロではないかもしれない。ただ、それ以上に、「(蔵を)開く」ときの気持ちのありようが「ちゃんと」と「ラフ」の佇まいを隔てているように感じたのです。

そもそも酒蔵にとって「蔵開き」とはどういう存在なのか。辞書で調べると、「蔵開き」はかつての商家・農家の慣習のひとつで、新年の吉日にその年はじめて蔵を開いて祝う行事だった……とあります。

酒蔵開放実行委員長の大岡さんにお話を(Zoomで)伺いました。

大岡和広

2009年入社。総務人事部広報担当。2015年春から酒蔵開放実行委員になり、2019年秋の第29回酒蔵開放から実行委員長に。若手社員有志による「別鶴プロジェクト」メンバー。

じつは平成生まれの「蔵開き」イベント。

インタビュー開始早々、「当社の第1回『酒蔵開放』は、2003年なんです」と大岡さん。

辞書的な意味に由来して、てっきり酒蔵の蔵開きもさぞ伝統と格式の行事だと思いこんでいたところ、のっけから大誤算です。

「『酒蔵開放』は、販売企画部(当時)のプロモーション企画としてはじまりました。当初は、試飲と工場見学程度の規模を(業務外の土曜日開催という都合で)管理職で切り盛りしていたのが、徐々に振る舞いが盛大になり、会社行事としてやりましょうと実行委員会形式に変わって、今に至ります」

へぇ、最初から宴だったんだ。儀式じゃなくて。

「酒蔵開放」といえば、地域の人たちが出している会場内の屋台で焼きそばやフランクフルトを買って、青空のもと日本酒と一杯やるのが愉しみで、何百年とここでなりわってきた酒蔵は、やっぱり地域とのつながりが深いんだなぁ……なんて思っていたけれど、それも幻想なのかしら。

「実行委員会に残っている一番古い資料が2009年のものなのですが、その頃には地域の方々に出店していただいていて、ほとんど今のかたちですね」

たった10年か……いや、待てよ。10年ってけっこう長い。よく考えたら、第1回から数えてももうすぐ20年、そんなに長く活気づいているイベントは、なかなかの長寿といってもいいはず。

「最近の行事」と勝手に判を押しそうになったのは、白鶴酒造をはじめ、日本酒の酒蔵の創業が軒並み古いことによる先入観かもしれない。

「当社の創業は江戸時代ですし、それより以前に創業した酒蔵もたくさんありますからね。僕自身も、新卒で入社して歴史性にはびっくりしました。270年以上前の創業当時の帳簿の原本などが手の届く範囲に残っている(直接手で触れることはできませんが、資料館にも展示しています)というのは、伝統の系譜の中にいるんだなと感じます」

宴を宴たらしめるのは、”Please”じゃなくて”Let’s”の佇まい。

270年超えの時間軸の尻尾に身を置いて仕事をするって、どのような感覚なのでしょうか。大岡さんに尋ねると、「難しく考えないことじゃないですか」とのこと。

「市井の生活文化に根づいて家に当たり前にあって、親やおじいちゃん・おばあちゃんが飲んでいて……というのが、ひと昔前には日常風景として存在していた。その風景が廃れてきたから、今はさまざまな商品を出しておいしい飲みかたを提案しているけれど、基本は『そのへんにあるお酒を何となしに飲む、それがおいしい』でいいと思うんです」

「専門的なことを書こうとか、ツウなことを言おうとか、こう飲んだ方がおいしいとか、情報として提案すればするほど、逆にとっつきにくくなる節はあると思うので。一番大事なのは、たのしい場で飲むとか、なんとなくおいしいとか、そういう情緒的なことなんじゃないかと」

聞けば、大岡さんが人生で日本酒とまみえたのも、「たのしむ場」だったそう。

「私は滋賀県の大学に通っていたのですが、滋賀にも30ほど酒蔵があるんですよ。ご当地の銘酒を集めて飲み比べイベントをする酒屋さんがあって、そこはチケットを買って会場に入れば、あとはフリーで飲ませてもらえるので、お金がない大学生にとっては友だちとの娯楽のひとつでしたね」

2019年秋の「酒蔵開放」で出会った大学生グループのことを思い出しました。たたみ1畳分のスペースに6人が腰掛けて、おちょこをぐびぐびやっているあの姿を。たのしそうだったなぁ。「若者のアルコール離れ」な風潮もあるなかで、「酒蔵開放」は「みんなで飲むたのしみ」を味わう場なのかもしれない。

蔵を開け放つ。お酒を振る舞う。「酒蔵開放」の根幹はシンプルです。「振る舞う」という字面を見つめていると、ふと白鶴酒造のロゴマークが頭に浮かびました。大きく羽を「振って」「舞って(踊って)」いるかのような、白い鶴。

あの姿はもしかして 「振る舞う」をモチーフにしているのでは……!? 興奮気味に大岡さんに尋ねると、曰く「うーん、『振る舞う』とロゴマークとの関連エピソードは聞いたことがないですね」。残念。

それでも、「酒蔵開放」が帯びている宴の精神性が、「振る舞う」に見える気がします。振る舞う側も踊っている。「○○だから飲んでほしい」の”Please”ではなく、「飲もうよ。たのしいから」の”Let’s”が、蔵の扉を開放させているのではないか。

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画面越しに「仕込み」の性分を感じた。>>>