構成:大森ちはる
ニーゼロイチキューまで、「情報を伝える」セミナーはさておき、お酒をあいだに置いて「気持ちを酌み交わす」行為は、おおよそオフライン一択だったと思う。コロナ禍、その価値観は転回した。お酒の席に、「オンライン開催」がやってきた。
日本酒の酒蔵が一般客に普段見られない酒造りの現場を見てもらう「蔵開き」も、お酒を介したコミュニケーションの場、一種の酒席といえよう。蔵開きを運営するひとたちは、突如現れた「オンライン開催」とどう付き合い、そして今、何を思うのか。
2018年から白鶴酒造の酒蔵開放実行委員長を務める大岡さんに、お話をうかがいました。
大岡和広さん
2009年入社。総務人事部広報担当。2015年春から酒蔵開放実行委員になり、2018年秋の第29回酒蔵開放から実行委員長に。若手社員有志による「別鶴プロジェクト」メンバー。
コロナ禍。デジタルテクノロジーがあったから、つながれた。
大岡(敬称略):
当社では、春と秋の年2回、酒蔵開放をおこなっています。2020年春はコロナ禍により中止、2020年秋に初めて酒蔵開放をYouTube Live(生放送)で「オンライン開催」しました。続く2021年春と2021年秋も同様に「オンライン開催」しました。
お客さまをリアルにお招きできないなかで、インターネットライブ配信が手軽にできるのは、ありがたかったです。
スタジオからの生放送と、視聴してくださるお客さまのコメント投稿で、ベストではないにせよ、双方向コミュニケーションが成立する空間。工場見学コーナーで「県外在住でなかなか行けないので、こうしてお酒造りの現場を覗けて楽しかった」、お酒と食べもののイチ推しマリアージュを紹介するコーナーで「海外から、チーズと日本酒を合わせながら観ています」とコメントをいただくなど、わりと遠方の方も観てくださっていて。
お客さまが私たちのお酒を楽しんでくださっている瞬間に立ち会える、そしてリアルタイムでコミュニケーションできるのは、やっぱりうれしいものでした。たとえ、テキストのやりとりだとしても。
「つながり」は、ときに辛辣。
大岡:
一方で、オンラインならではの難しさも痛感しました。
1つは、「体験」のリアルさです。プログラムは工場見学やペアリング、オンライン飲み会など色々と考えていたため、それなりに楽しんでもらえたと考えています。でも、実際に来てもらって感じられる酒蔵の雰囲気や香り、お酒の味わい、酌み交わす雰囲気といった「体験」がこぼれ落ちてしまうと、あらためて感じました。
もう1つは、リアルタイムの試聴人数やコメント数などが気になることでしょうか。
1回目の「オンライン開催」は、途中に数回の休憩をはさんで11:00〜18:00の長丁場でした。最後までコメント欄はアクティブだったものの、時間の経過とともに視聴人数が減っていきました。配信しながら、少し長すぎたかなと反省していました。
「オンライン開催」の2回目・3回目でもプログラムの試行錯誤を重ね、「オンライン開催」としてはある程度できることはやったかなと思えるようになりました。また、「体験」の共有が難しい状況で、毎回配信を観にきてくださる方に新たな体験を提供し続けるのは難しいと考え、第3回で「オンライン開催」は終了しました。2019年秋の「オンライン開催」は、YouTubeでいつでも見られるようにしています。
情緒が恋しい。でも、懐古に浸りたいわけではない。
大岡:
従来の酒蔵開放でも2020年度以降の「オンライン開催」でも、私たちがゴールに置いてきたのは、お客さまに「来てよかったな」「楽しかったな」と感じていただくこと。「オンライン開催」はその点でも、難しい部分がありました。視聴者さんのうち、配信中にコメントしてくださる方は一部です。配信後のアンケートでは好意的な感想が多く寄せられますが、いまいち手応えを掴めなくて。いわゆる「顔が見えない」不安というか。
従来の酒蔵開放だと、忙しなく会場を動きまわるなかで、芝生でくつろがれているお客さまの姿、試飲メニューを真剣に見つめる表情、われわれ社員(またはスタッフ)や屋台のお店番をされている自治会の方とにこやかに言葉を交わされる様子などを、見てとることができました。今にして思えば、その情緒こそが、酒蔵開放の手応えだったんですよね。
お近くから野菜の朝市やお酒の福袋、屋台を目当てに自転車で来られるご近所の方も多かったです。そういった「飲まない」方々にも楽しんでいただける「お祭り」の側面もあったのではないでしょうか。
酒蔵開放において、「体験」や「情緒」がこんなにも大きな要素だったとは。インターネットライブ配信では、いくらリアルタイムで、いくら双方向のコミュニケーションができても、このあたりを「分かちあいたい」という社会的欲求は満たされない。そんなことに気がついた「オンライン開催」でした。
だからといって、コロナ禍で「会えない」さなかに「オンライン開催」をしたことに、一片の悔いもないですけどね。たしかに「できないこと」が浮き彫りにはなりましたが、インターネットライブ配信だからこそ「できること」にも出会えたので。
情緒復活の兆しと、ニューノーマル。
大岡:
2022年の暮れの屋外イベントで、灘五郷の一部の酒蔵が日替わりで燗酒を提供しました。提供方法は、お客さまご自身に酒燗器で、好きな温度にお燗していただくスタイル。私が直接目にしたわけではないのですが、店員に「どうやってお燗するんですか?」と質問される方、酒燗器の湯気を囲んで「まだぬるいかなぁ〜」と頃合いを見計らうグループ、相席して1つの酒燗器をともにされているテーブル……そういった光景があちらこちらで起こっていたと聞きました。
「日本酒を飲む」という行為のまわりで起こる、偶発的なコミュニケーション。2023年春は、酒蔵開放もひさびさに現地開催して、「体験」や「情緒」を分かちあえる空間にできそうで楽しみです。
遠方の方には、酒蔵開放の模様をInstagramなどでライブ配信し、雰囲気を感じていただけたらとも思案しています。